165:



Yさんは顔を突き出すようにしてUの胸をまじまじと鑑賞し、
ため息混じりに口にしました。

「……お前もずいぶん育ったなぁ。何センチあるんや?」

傍目にも、鼻の下が伸びていました。

「……!」

Uの顔が見る見る真っ赤になりました。

「兄ぃのクソボケ!」

抜く手も見せぬ早技で、Yさんの頬がパチーンと鳴りました。
Uはポカンとした表情のYさんを残して、全力で走って行きました。

なぜ頬を張られたのかわからない、といった顔で佇むYさんに、
お兄ちゃんが近づいて耳打ちしました。

「今のはひどいです。追いかけてください」

「え? しかし……なんで?」

「素直に水着を思いっきり褒めるんです。絶対喜びます」

「そんな……今さら言うても嘘臭いし」

「さっきは照れていた、って言うんです。
 彼女きっと、どこかで泣いてますよ」

Yさんのデリカシーの欠如に、わたしもこの時は腹を立てていました。

「あいつが泣くやなんて、まさか……」

わたしが睨むと、Yさんは動揺した様子で、「わ、わかった」と言って、
Uを探しに行きました。

残った4人は、顔を見合わせました。

「Uちゃんどうしたのかなー? お兄さんと喧嘩ばっかりしてるねー?」

いつも明るいVの顔も曇っていました。

「ここで待ってても仕方がない。僕らだけで遊ぼう」

Xさんに声を掛けられて、Vの表情が一転してほころびました。

「じゃあおにーちゃん、あれ膨らましてー」

Xさんの足元に、奇妙な緑色をしたビニールのかたまりがありました。
Xさんが小さなガスボンベのようなものを取り付けて何かすると、
シューという音を立てて見る見る膨らんでいきました。

「それ、なんですか?」

「まぁ……浮き袋みたいなものかな?」

ガスで膨らんだその浮き袋は、緑色の怪獣の形になりました。
背中に2〜3人は乗れそうな巨大さで、浮き袋というよりはボートでした。
お兄ちゃんを見ると、呆気にとられた顔をしていました。

「V、それ、どこで売ってたの?」

「知らないけどー、アメリカ製だってー。すっごいでしょー?」

「確かにすごいね……買ってくれたのは、おじいちゃん?」

「○○ちゃん、どうしてわかったのー?」

「……いくらなんでも、プールでそれはまずいんじゃない?」

「えー? 子供用プールなら浮き輪はOKなんだよー?」

第一に、それは浮き輪と言えるような代物ではなくて、
第二に、中学生は子供用プールでは泳がない……と突っ込むべきでしたが、
Vの嬉しそうな顔を見ていると、気力が萎えてきました。

わたしが無言で立ち去ると、お兄ちゃんが付いてきました。

「○○、ほっといていいのか、あれ?」

「言っても無駄。わたしたちは、他人のフリしましょ」

「……お前、結構厳しいんだな」

「お兄ちゃんは、やっぱり優しいね。
 さっき、Yさんに言おうとしたこと先に言われて、びっくりした」

「んー、なんとなくな、Uちゃんがすごく淋しそうな顔してたから」

お兄ちゃんが自分以外の女の子にも優しいとわかって、
誇らしいような、悔しいような、複雑な心持ちでした。

お兄ちゃんは念入りなストレッチを始めました。
わたしもそれに付き合いながら、何気なく尋ねてみました。

「UやVを見て、どう思う?」

「んー、2人ともタイプは違うけど、元気良いな。圧倒されるよ」

「わたしもあれぐらい、元気だったら良かった?」

「……お前はお前だろ。いきなりキャピキャピされたら腰抜かすよ。
 お前は……その……なんだ、落ち着いてて、悪くない、と思うよ」

不自然な間に、わたしは首をかしげました。

「どうしたの?」

「なんだか言ってて照れるな。こんなトコだと、ナンパしてるみたいで」

「……お兄ちゃん、プールではいつもナンパしてるの?」

「そんなことないって。まぁ、その……男ばっかりでプールに来ると、
 遊ばないかと声かけられたりはするけどな……おい、どこ行くんだ?」

「喉乾いたから、ジュース買ってくる」

「俺が買ってくるよ」

「いい」

本当は飲みたくありませんでしたけど、火照った顔を冷やしたくて、
ゆっくり売店に歩いて行って、両手にジュースを持って戻りました。

ジュースをこぼさないように手元ばかり見ていたので、
近くに来るまで、お兄ちゃんが誰かと一緒なのに気づきませんでした。

「あ、○○」

名前を呼ばれて顔を上げると、お兄ちゃんがやってきて、
わたしの肩を抱き寄せました。

「これ、俺の彼女。いっしょに来てたんだ。だからゴメンね」

知らない女の人が、むっとした顔で去って行きました。

「今の、だれ?」

「知らない子。しつこいんで参ったよ。お前が来てくれて助かった」

お兄ちゃんのモテ方は、わたしの想像以上でした。


残り127文字