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Yさんは顔を突き出すようにしてUの胸をまじまじと鑑賞し、
ため息混じりに口にしました。
「……お前もずいぶん育ったなぁ。何センチあるんや?」
傍目にも、鼻の下が伸びていました。
「……!」
Uの顔が見る見る真っ赤になりました。
「兄ぃのクソボケ!」
抜く手も見せぬ早技で、Yさんの頬がパチーンと鳴りました。
Uはポカンとした表情のYさんを残して、全力で走って行きました。
なぜ頬を張られたのかわからない、といった顔で佇むYさんに、
お兄ちゃんが近づいて耳打ちしました。
「今のはひどいです。追いかけてください」
「え? しかし……なんで?」
「素直に水着を思いっきり褒めるんです。絶対喜びます」
「そんな……今さら言うても嘘臭いし」
「さっきは照れていた、って言うんです。
彼女きっと、どこかで泣いてますよ」
Yさんのデリカシーの欠如に、わたしもこの時は腹を立てていました。
「あいつが泣くやなんて、まさか……」
わたしが睨むと、Yさんは動揺した様子で、「わ、わかった」と言って、
Uを探しに行きました。
残った4人は、顔を見合わせました。
「Uちゃんどうしたのかなー? お兄さんと喧嘩ばっかりしてるねー?」
いつも明るいVの顔も曇っていました。
「ここで待ってても仕方がない。僕らだけで遊ぼう」
Xさんに声を掛けられて、Vの表情が一転してほころびました。
「じゃあおにーちゃん、あれ膨らましてー」
Xさんの足元に、奇妙な緑色をしたビニールのかたまりがありました。
Xさんが小さなガスボンベのようなものを取り付けて何かすると、
シューという音を立てて見る見る膨らんでいきました。
「それ、なんですか?」
「まぁ……浮き袋みたいなものかな?」
ガスで膨らんだその浮き袋は、緑色の怪獣の形になりました。
背中に2〜3人は乗れそうな巨大さで、浮き袋というよりはボートでした。
お兄ちゃんを見ると、呆気にとられた顔をしていました。
「V、それ、どこで売ってたの?」
「知らないけどー、アメリカ製だってー。すっごいでしょー?」
「確かにすごいね……買ってくれたのは、おじいちゃん?」
「○○ちゃん、どうしてわかったのー?」
「……いくらなんでも、プールでそれはまずいんじゃない?」
「えー? 子供用プールなら浮き輪はOKなんだよー?」
第一に、それは浮き輪と言えるような代物ではなくて、
第二に、中学生は子供用プールでは泳がない……と突っ込むべきでしたが、
Vの嬉しそうな顔を見ていると、気力が萎えてきました。
わたしが無言で立ち去ると、お兄ちゃんが付いてきました。
「○○、ほっといていいのか、あれ?」
「言っても無駄。わたしたちは、他人のフリしましょ」
「……お前、結構厳しいんだな」
「お兄ちゃんは、やっぱり優しいね。
さっき、Yさんに言おうとしたこと先に言われて、びっくりした」
「んー、なんとなくな、Uちゃんがすごく淋しそうな顔してたから」
お兄ちゃんが自分以外の女の子にも優しいとわかって、
誇らしいような、悔しいような、複雑な心持ちでした。
お兄ちゃんは念入りなストレッチを始めました。
わたしもそれに付き合いながら、何気なく尋ねてみました。
「UやVを見て、どう思う?」
「んー、2人ともタイプは違うけど、元気良いな。圧倒されるよ」
「わたしもあれぐらい、元気だったら良かった?」
「……お前はお前だろ。いきなりキャピキャピされたら腰抜かすよ。
お前は……その……なんだ、落ち着いてて、悪くない、と思うよ」
不自然な間に、わたしは首をかしげました。
「どうしたの?」
「なんだか言ってて照れるな。こんなトコだと、ナンパしてるみたいで」
「……お兄ちゃん、プールではいつもナンパしてるの?」
「そんなことないって。まぁ、その……男ばっかりでプールに来ると、
遊ばないかと声かけられたりはするけどな……おい、どこ行くんだ?」
「喉乾いたから、ジュース買ってくる」
「俺が買ってくるよ」
「いい」
本当は飲みたくありませんでしたけど、火照った顔を冷やしたくて、
ゆっくり売店に歩いて行って、両手にジュースを持って戻りました。
ジュースをこぼさないように手元ばかり見ていたので、
近くに来るまで、お兄ちゃんが誰かと一緒なのに気づきませんでした。
「あ、○○」
名前を呼ばれて顔を上げると、お兄ちゃんがやってきて、
わたしの肩を抱き寄せました。
「これ、俺の彼女。いっしょに来てたんだ。だからゴメンね」
知らない女の人が、むっとした顔で去って行きました。
「今の、だれ?」
「知らない子。しつこいんで参ったよ。お前が来てくれて助かった」
お兄ちゃんのモテ方は、わたしの想像以上でした。