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「勝手に決めちゃって、良いの?」

「かめへんかめへん。どうせ彼女も作れん甲斐性なしやからな。
 放っといたら休みの日は一日中アニメ観とるのがオチや。
 こんな可愛い妹と遊べるんやから、晩飯ぐらいおごらせたろ」

「わーUちゃんのお兄さんに会えるんだー」

「Vもまだ、会ったことない?」

「うーん。ホンマはアンタらに会わせたくないんや。
 不細工なオタクやし。部屋汚いし。
 エエ歳して部屋中にアニメの女の子のポスター貼ってるねんで。
 信じられるか?」

Uの口が悪いのはいつものことでしたが、
悪口を言われているお兄さんが、さすがに気の毒になりました。

「わたしのお兄ちゃんも、部屋汚かったよ。
 わたしがいつも掃除してた。
 自分の部屋にポスター貼るぐらい、良いんじゃないかなあ?」

「そうだよー。お兄さんがいるだけマシだよー」

一人っ子のVは、兄という存在に憧れていたようです。
2人から反論を受けたUは、渋い顔で言いました。

「ま……アンタらも会うたらわかるやろ」

もうかなり、遅い時間になっていました。

「もうこんな時間だから、話の続きは明日にしない?」

「えー? 晩ご飯食べていけばいいよー」

「そんな。初めて伺ったのに、図々しいよ」

「いーよいーよ。みんなで食べたほうがおいしいよー」

こんな時、何と言って遠慮したら良いかわかりませんでした。
器を下げに来たVのお母さんにまで勧められて、
なし崩しに夕食をごちそうになることになりました。

おかずの味付けは、わたしに合わせて塩加減を薄めにしてありました。
Vのお父さんとお爺さんも、Vと同じようにほのぼのした雰囲気でした。

帰りがけにVのお母さんから、お土産を押しつけられました。
手提げ袋に、土の付いた野菜が入っています。
お爺さんが家庭菜園で栽培した、穫れたての根菜類でした。

にこにこして「あなた、もっと食べて太らなくちゃ」と言うお母さんに、
逆らう術はありませんでした。

家に帰ってからわたしは、友達が2人出来たこと、初めて友達の家に
お邪魔したこと、遊園地に行く約束をしたことを、お兄ちゃんへの手紙に
書きました。

次の日曜日の朝、教会が学校の近くにあるということだったので、
学校の前で待ち合わせをしました。

約束の時間の15分前に学校に着いて、しばらく待ちました。
外で待ち合わせるのは初めてだったので、心が浮き立ちました。

約束の時間ちょうどに、Uがやってきました。
ジーンズパンツにパーカー、アポロキャップという軽快な服装でした。

「おはよ。長いこと待ったか?」

「少しだけ」

Uはわたしの全身を眺め回して、言いました。

「今日は遊園地に行くねんで?
 ジーンズとか歩きやすい格好にしたほうが良かったんちゃうか?
 先に教会に行くからいうて気ぃつこうたんか?」

「スカートしか持ってない」

「まぁ趣味やったらかめへんけどな」

「ズボンを穿いてみたことあるけど、足が細すぎて、
 風が吹くと、裾がぱたぱたはためいちゃう」

Uは変な顔をしました。

「……それ、笑うとこか?」

「今の、可笑しかった?」

そんなやりとりをしているところに、Vが走ってきました。

「遅れてごめんなさーい。服が決まらなかったのー」

わたしとUは、目を丸くして、顔を見合わせました。
Uは無数にフリルの付いた、ひらひらのドレスを着ていました。

「アンタなぁ……なんやのん、その格好。
 今日は教会と遊園地に行くねんで?
 なに考えてそんなに着飾ってるんや?」

「えー。だってー今日はお兄さんに初めて会う日でしょー?」

「あのなぁ……うちの兄貴だけは期待したらあかん。
 今日友達と会わせる言うただけでそわそわしとるアホや」

「アホじゃないよー。わたしだってそわそわしてるもん」

漫才が終わりそうにないので、声をかけました。

「もう、時間ないから行きましょ?」

教会は想像していたのとは違って、屋根に十字架が立っている他は、
ごく普通の公民館に見える建物でした。

牧師のW先生自身も、予想とは大違いです。
ごく普通の背広にネクタイを締め、眼鏡をかけたおじさんでした。


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