222:



「お兄ちゃん、疲れたでしょ? お風呂沸かすから、先に入って」

「じゃ、俺は食器洗っとく」

「たまに帰ってきたんだから、お兄ちゃんはなんにもしなくて良いの。
 座ってて」

わたしは浴槽にお湯が溜まるようにしてから、エプロンを着けて、
食器を洗いはじめました。

「んー、じっとしてると落ち着かないな」

「ふふっ。貧乏性ね。のんびりすれば良いのに。
 ……でも、なんだかまだ夢みたい。最高のクリスマスプレゼントだった」

洗い物をしていても、感極まって何度もハァァと長い息が漏れました。

「ん? さっきUちゃんとVちゃんに貰ったプレゼントか?」

「……? お兄ちゃんが帰ってきてくれたこと」

「え? ……いや、クリスマスプレゼントとお土産はまだ別にあるんだ。
 後で寝る前に渡そうと思ってた」

わたしは歓喜が大きすぎて神経が麻痺してきたのか、
予想を超えて豪華すぎるのが、かえって心配になってきました。

「ホント? ……でも、そんなにお金使ってだいじょうぶ?」

「ははは、お前は心配性だな。
 旅費とお土産代はF兄ちゃんがお金出してくれた。
 ケーキは材料代だけしかかかってない。
 それにバイトしてたから、まだまだ余裕ある」

バイト、と言葉を耳にして、顔も知らないお兄ちゃんの教え子を思うと、
明るかった心に影が差しました。

「アルバイト……続けるの?」

「いや、辞めることにした」

振り向くと、お兄ちゃんは膝の上で指を組んで、目を伏せていました。

「なにか、あった?」

「ん、まぁな……」

「……言えないこと?」

なにがあったのか、訊かずにはいられませんでした。
お兄ちゃんは言いづらそうに、でも、話してくれました。

「……前にお前が言ってたこと、当たってたよ。
 こないだ家庭教師に行ったとき、告白された。
 クリスマスイブはいっしょに過ごしてほしい、ってさ……。
 君は友達の妹で、そんな風には見れないんだ、って言ったら、
 泣きながら抱きついてきた……落ち着かせるのが大変だった。
 それを友達に見られて、妹になにしやがる、って殴られたし、散々だよ」

わたしは身動きもできずに黙って耳を傾けていましたが、
お兄ちゃんが殴られたと聞いて、びくっとしました。

「お兄ちゃん、殴られたの!?」

「まぁ、誤解されてもしょうがない状況だったしな。仕方ないさ。
 後で誤解は解けたよ……解決までもう少しかかるかもしれないけど。
 まっ、そんなわけで、割のいいバイトはおしまいだ。
 これからバイトは気を遣わないで済む肉体労働にするよ。
 そのほうが体も鍛えられるしな……家庭教師はもうこりごりだ。
 そろそろお湯溜まったかな? 風呂に入ってくる」

これ以上は詮索されたくないのか、お兄ちゃんは部屋を出て行きました。
残されたわたしは、お兄ちゃんが知らない女の子の肩を抱いて、
辛抱強くなだめている様子を想像しました。

ハァァァァ、と、さっきとは違うため息が漏れました。
洗い物を終えて、わたしは自分の部屋に着替えを取りに行きました。

わたしはその時なにを考えていたのでしょう?
なにも考えていなかったかもしれない、と思います。

お兄ちゃんの存在に引き寄せられるように、自然に足が風呂場に向きました。
わたしはそうっと服を脱いで、お風呂場の磨りガラスの前に立ちました。

「お兄ちゃん」

耳許で、自分の鼓動が大きく聞こえました。

「○○か? どうした?」

「入って良い?」

「いや……ちょっと待て。すぐに上がるから」

「頭、洗って欲しい。嫌?」

言った自分にも意外に思えるほど、媚びるような声でした。

「あ……それは、嫌じゃないけど」

わたしはガラス戸を引いて、中に足を踏み入れました。
爆発しそうな心臓の音が、お兄ちゃんに聞こえるのではないかと思いました。

お兄ちゃんは湯船に浸かっていて、肩から上しか見えませんでした。
掛け湯をしながら、視線を意識して、肩や背中がカッと熱を持ちました。

振り向くと、お兄ちゃんは天井を見上げました。
浴槽をまたいで入ると、白い入浴剤のせいで、お湯の中は見えません。
お兄ちゃんの開いた脚のあいだに、わたしがしゃがむ形になりました。

目と目が合うと、お互い吸い寄せられるようになって、
お兄ちゃんの手が頬に伸びてきました。


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