321:
それから6人ともきちんと正座して、畳の上で輪を作りました。
今日が最初の練習です。なにが起きるのかと、緊張が辺りを支配しました。
突然、k先輩が右こぶしを高く突き出しました。
「それではー、新入生諸君の健康と幸せを祈ってー、かんぱーい!」
k先輩はこぶしを口許にもっていき、ゴキュゴキュゴキュと喉を鳴らしました。
ジョッキで生ビールを飲むパントマイムでした。
唖然として声もなく見つめていると、k先輩がわたしたちを見回しました。
「……外した?」
l先輩がk先輩の肩をポンと叩きました。
「うん。努力は認める」
度肝を抜かれていたnさんが、今ごろになってキャハハハと笑いました。
「すっごーい似てましたよ〜♪ センパイ」
k先輩は前腕で涙を拭うフリをしました。
「いいよいいよ。お世辞は……すんすん」
釣り込まれるように、言葉がわたしの口を衝いて出ました。
「本当に、」
とたんに視線がわたしに集中しました。顔が熱くなりました。
「あ……とても、お見事でした。今のも、落語の練習ですか?」
k先輩はとぼけた口調を崩しませんでした。
「いや〜そういうワケじゃないけどね。稽古だと思えば何事も稽古だ。
と……いうわけで!」
l先輩がその後を引き取って続けました。
「新入部員歓迎会を兼ねて、今日は遊びに行こう。お金は心配いらない。おごりだ」
nさんが手を叩いて喜びました。
「やった〜! 太っ腹〜」
実直そうなl先輩の言葉だと、冗談だと思わずに済みます。
「そうそう、部費をちょろまかした貯金があるからなっ」
k先輩は部長なのに、どこまでが冗談かわかりません。
「おい……k、新入部員が本気に取ったらどうするんだ」
「もちろん、そんなことあるわけないだろう? 大問題になるもんな」
k先輩とl先輩は落語家というより、漫才コンビのようでした。
6人でバスに乗って、駅前に出ました。
通りを歩くときは、自然に縦に長い列になりました。
先頭がk先輩とl先輩のペア、続いてm君とnさんのペア、
最後に少し遅れてわたしとj君です。
「先輩たち、嬉しそうだね。新入部員が入ってよっぽど嬉しかったみたいだ」
「そうね」
「新3年生の部員はゼロだったし、あのままだと廃部の危機だったからなあ」
部活動というのは上下関係が厳しいものだ、と思っていました。
落研の和気藹々とした雰囲気は、予想より居心地が良くてほっとしました。
「j君は、前から落語が好きだったの?」
「うん。姉貴に勧められてね。俺は対人恐怖症ぎみだったんだ」
「え? それ、冗談?」
「ホントホント、ホントの話」
j君の顔は至極真面目そうでした。人は見かけによらないとはこのことです。
クラスメイトの男子の中で、j君は群を抜いて落ち着きがありました。
浮いている人が居るとさりげなくフォローする気配りは、なかなか真似できません。
今、こうしてわたしと並んで歩いているのも、
快活な落研の中で、わたしが一人はみ出さないようにするためでしょう。
「信じられない……」
まじまじと、j君の顔を見つめてしまいました。
j君は生まれながらのリーダーのように見えました。
「ホントだって。今でも完全に治ってるワケじゃないんだ」
「ぜんぜんそんな風には見えないよ?」
「そうだといいんだけどね」
j君は頬のニキビの跡をポリポリと掻きました。
「おーーい!」
ずっと先の方から、k先輩の呼ぶ声が聞こえてきました。
わたしの歩くのが遅くて、かなり後れてしまったようです。
わたしたちは歩を早めて追いつきました。
歓迎会はカラオケボックスの部屋で開催されました。
わたしの知っている曲はほとんどありませんでしたが、
無理やり歌わされたりはしませんでした。
わたし以外は一人残らず、驚くほど歌が上手でした。
多芸多才な面々の中で、わたしはやっていけるのだろうか、と内心不安になりました。