223:



お兄ちゃんの指が、そっとわたしの左の頬に触れました。
まるでお兄ちゃんとわたしを取り巻く空気が、凝固したみたいでした。

ざらついた指先が、頬肉を滑りました。
わたしは息を止めて、お兄ちゃんの瞳に見入っていました。

「すべすべだ……」

お兄ちゃんの漏らした声は、ため息に似ていました。
指は顎を撫で、首を撫で下ろし、肩をふにふにしました。

いきなり反対側の脇腹を掴まれて、わたしはびくっとしました。
お兄ちゃんの左手が、お湯の中で伸びてきていたのです。

でも、わたしは口を開けただけで、声をあげませんでした。
一言でも発したら、凝縮した空気が一気にはじけてしまう気がしました。

抱え上げられるようにして、横向きにお兄ちゃんの膝に座りました。
お尻に当たるお兄ちゃんの太股は、固くざらざらしていました。

お兄ちゃんの大きな手のひらが、髪を、うなじを、背中を撫でました。
体の内側では熱が溜まっているのに、背筋を気持ち良い寒気さむけが走るような、
びりびり痺れるような、なんとも言えない感覚がしました。

体中の関節がみんな、ぐにゃぐにゃに溶けていきました。
頭の中が真っ白に飛んだみたいで、なにも考えられませんでした。
わたしはただ、ずり落ちないために、お兄ちゃんの首に腕を回しました。

胸と胸とを密着させると、どっくどっく破裂しそうな鼓動が、
自分のものかお兄ちゃんのものか、区別がつきませんでした。

全身の神経が鋭敏になってきて、腰の奥がきゅっと締めつけられました。
明らかにお湯とは違う液体が、漏れ出していました。

「○○……」

耳許で名前を囁かれて、首にうずめていた顔を上げました。
お兄ちゃんの顔が、触れそうなほど目の前にあります。

どちらからともなく、磁石が吸い付くように、唇を合わせていました。
目蓋が下りたのは、その後でした。

お兄ちゃんの唇が、わたしの唇を吸い、離れて、また吸いました。
上唇と下唇を順番に、はむはむと唇ではさまれて、弄ばれました。

息が苦しくなってきて、口を開けると、ぬるりと舌が入ってきました。
とっさに舌で押し戻そうとしましたが、絡め取られてしまいました。

タバコのヤニとチョコレートの入り混じった、苦い味がしました。
流し込まれた唾液をどうしようもなくて、こくこくと飲み込みました。

お互いに吹き付ける鼻息が、顔をくすぐります。
信じられないことをしている、と頭のどこかが認識する一方で、
理性はどろどろに溶けて流れ去りました。

お兄ちゃんの舌先に、上の歯茎はぐきの付け根をなぞられて、
目蓋の裏を閃光が走りました。

瞬間、未知の恐怖がわたしの心臓を握りしめました。
わたしは体を硬くして、バッと首を反らしました。

「んぁっ……」

声とも鼻息ともつかない音を、漏らしてしまいました。
ハッとしてお兄ちゃんの目を見ると、愕然と見開かれていました。
冷たい水に打たれたように、意識が醒めました。

お兄ちゃんの手のひらが、がっしりとわたしの肩を掴み、
膝から下ろしました。白いお湯が、大きく波打ちました。

お兄ちゃんは視線をでたらめに動かしながら、なにか言おうとしました。

「あ……」

お兄ちゃんの言いたいことが、一瞬早くわかってしまって、
わたしはあわてて両手を上げ、お兄ちゃんの口をふさぎました。

お兄ちゃんとわたしの視線が、空中でぶつかりました。

「良いの……良いの」

わたしは大きくうなずきながら、同じ言葉を繰り返しました。
お兄ちゃんの目から力が無くなりました。
お兄ちゃんは湯船の中で、くるりと回り、壁の方を向きました。

わたしは息を詰めて、黙り込んだお兄ちゃんの背中を見つめました。
別種の恐怖が、わたしの心臓を柔らかく握りました。

今、一言でも間違ったことを口にしたら、兄を永久に失ってしまう、
という怖れでした。

わたしはそろそろと立ち上がって浴槽をまたぎ、
お兄ちゃんに背を向けて、洗い場の椅子に座りました。

「お兄ちゃん」

わたしの心臓はまだ、痛いぐらいに高鳴っていましたけど、
わたしの声は震えてはいませんでした。

「…………」

「頭、洗ってくれるんでしょ?」

お兄ちゃんが無言で立ち上がり、浴槽をまたぐ音がしました。
わたしが目をつぶると、シャワーのお湯が頭にかけられました。

リンス入りシャンプーで泡立てた頭皮を、お兄ちゃんの指がこすりはじめました。
でも、どこか魂の抜けたような、機械的な指の動きでした。


んあっwwv
2016-05-20 19:34:55 (7年前) No.1
sllslsl
2018-11-11 14:32:09 (5年前) No.2
酒井杏菜死ぬ
2018-11-11 14:32:40 (5年前) No.3
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