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お兄ちゃんに髪を弄られながら、聞きました。

「お兄ちゃん、女の子と遊んでるの?」

「……その言い方は語弊あるけどな。
 こっちに来た最初のうちは、男子の中で孤立してたから、
 女子の友達の方が先に出来たんだ。
 丸坊主にして、一緒に馬鹿やるようになってから、
 男の友達もたくさん出来たけどな」

「……そう」

転校して7ヶ月で、たくさん友達を作るなんて、さすがお兄ちゃんだ、
と思うと同時に、何かしら淋しい気もしました。

「……Cさんとは、どうなったの?」

お兄ちゃんの手が、止まりました。

「ん……ああ。あいつとは……別れた」

「え?」

わたしは、自分の耳を疑いました。

「手紙をやりとりしてたんだけどな。
 こないだ、新しい彼氏が出来たんだそうだ」

「……そんな」

「ん……あいつ、淋しがりなんだ。
 やっぱり、側に誰か居てやらないと、駄目なんだろ。
 仕方が、ないさ。
 あんまり、あいつのこと、悪く思わないでやってくれ」

お兄ちゃんにそう言われても、わたしには、納得できませんでした。

「でも……。
 お兄ちゃんはもう、Cさんのこと、忘れちゃった?」

「……忘れてはいないけどな。
 正直、時間が経つと、思い出すこと、だんだん少なくなってる」

お兄ちゃんの声は、淋しそうでした。

「……お兄ちゃん、わたしのことも、忘れる?」

わたしの声は、少し震えていたかもしれません。

「……馬鹿。そんなわけないだろ。
 彼女は別れたらもう他人だけど、
 お前は一生、俺の妹だ」

お兄ちゃんの優しい声が、胸に沁み入るようでした。

お兄ちゃんはそれから、黙々と手を動かしました。
わたしも、黙っていました。
でも、その沈黙は、決して嫌ではありませんでした。

「おっと、紐がないな。
 ○○、ちょっと端っこを手で持っててくれ」

お兄ちゃんは、わたしに編んだ髪の端を持たせて、出て行きました。
しばらくして戻って来た時は、手に赤いゴム紐を持っていました。

大きく編んで端をゴム紐で縛った髪の房を、
お兄ちゃんの硬い手のひらが包んで、わたしの左肩に載せました。
お兄ちゃんの指先が、わたしのうなじをくすぐって、ぞくりとしました。

「うん。我ながら良い出来だ。
 朝ほどいたら、しばらくウェーブがかかって感じ変わるぞ」

「お兄ちゃんは、パーマの方が好き?」

「ん……俺は自分が癖毛だからな。
 どっちかって言うと、真っ直ぐの方が良いな。
 それにお前は髪の毛多いから、
 パーマ当てたりしたら、頭が爆発して凄いぞ!」

言いながら、お兄ちゃんは笑い出しました。
わたしも、自分の頭がアフロヘアになったのを想像して、くすくす笑いました。

「……そろそろ、寝るか?」

髪を弄られているうちに、気持ちよくなってきて、目蓋が重くなっていました。

「うん。明日は、遊べる?」

「ん……俺は、午前中、夏期講習があるんだ。
 昼過ぎには帰ってくる。
 叔父さんが、お前が来るって知って、休み取ったそうだ。
 あ、こっちじゃ、年上の男の親戚は何々兄ちゃん、
 年上の女の親戚は何々姉ちゃん、って呼ぶのが習慣なんだ。
 叔父さんのことは、下の名前を付けて、
 『F兄ちゃん』って呼ぶんだぞ?」

「わかった。
 ……お兄ちゃんも、もう、寝る?」

「ん……なんだ、淋しいのか?」

「この部屋、なんだか、広すぎて……」

「じゃ、お前が寝るまで、見ててやる。安心して寝ろ。
 朝は好きなだけ寝てていいぞ。朝ご飯は残しておくから」

わたしは、布団に横になりました。

「このお布団、ふかふか」

お兄ちゃんは、苦笑して言いました。

「こっちじゃ、こういうとこにしかお金使わないからな。
 俺の布団は薄くて固いぞ。
 電気、消すか?」

「いい」

横になると、重い疲れが、背中から這い上がってきて、
わたしを暗い眠りに、引きずり込もうとしました。
わたしは抵抗しようとしましたが、自然に目蓋が下がってきました。

夏掛けの横から右手を出すと、お兄ちゃんが、そっと握ってくれました。
いくら外見が硬派になっても、口調が軟派になっても、
やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ、とわたしは思いました。
わたしは満ち足りて、なんの恐れも無く、あたたかい闇に沈んで行きました。


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