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卒業式に先だって、合格発表の日がやってきました。
その日の朝、わたしは制服の上からベージュのコートを羽織り、
駅に向かいました。お兄ちゃんと待ち合わせていたのです。
もう、春らしい陽気になっていました。
駅前で立っていると、人波が構内から押し出されてきます。
その中に、深い色のスーツをぴしりと着こなしたお兄ちゃんが居ました。
「待ったか?」
わたしは首を左右に振りました。
「ちっとも」
「タクシーで行こうか」
「もったいないからバスで良い」
自宅の近くのバス停から乗った時とは、高校への道筋が違っていました。
シートに肩を並べて座って、窓の外を流れる景色に見入ります。
「緊張してるか?」
「……どうかな。駄目で元々、って感じ」
「賭けてもいいぞ。お前は受かってる」
「そうだといいね」
「もっと自信を持てよ。しかし、結構遠いな……」
「駅からだと遠回りになるみたい。途中で下りて歩いた方が近いかも」
「そうするか? 天気もいいし」
途中下車したのは、わたしとお兄ちゃんだけの二人だけでした。
この辺りは建物が少なくて、まだ田んぼが残っています。
「風が強いね」
「寒いか?」
「少し涼しいけど、気持ち良い」
歩いていくと、かなり幅のある川にぶつかりました。
下流の方に橋が架かっています。
橋を渡って川沿いの土手を歩くと、近道になるようでした。
前後の道にはまったく人影がありません。
発表を見に来ているはずの他の受験生の姿さえも。
大きな道や通学路から外れていたせいでしょうか?
「誰も歩いてないね」
「まさか……道を間違ってないだろうな」
お兄ちゃんがきょろきょろと周りを見回しました。
わたしも背伸びして首を巡らし……。
「お兄ちゃん、あれ」
指さした家並みの隙間に、高校の校舎が見えました。
**高校は小高い丘の上に建っています。
高校へ向けて歩き出すと、登り坂になってきました。
「坂道、きつくないか?」
「はぁ、ふぅ」
お兄ちゃんが手を握って引っ張ってくれました。
学校に近づくに連れて、しだいに人通りが多くなってきます。
わたしたちは仲の良い兄妹に見えるだろうか、と思いました。
校門をくぐると、受験生や保護者が人混みを作っています。
川沿いの道の静けさとは対照的な喧噪でした。
お兄ちゃんが先に立って、人波を分けていきます。
お兄ちゃんの背中が立ち止まりました。
もう、掲示板の下です。
「見えるか?」
掲示された紙に記された数字の列を見上げ。
一つずつ、たどって。
「……あった!」
「○○、やったな!」
お兄ちゃんはわたしの背中に腕を回して抱き上げ、
その場でぐるぐる回りだしました。
周りには、受験生の笑い顔や泣き顔があったかもしれません。
そんなものはみんな、どうでもよくなりました。
「やった、よくやった!」
「お兄ちゃん……目が……」
わたしは目が回ってしまいました。
お兄ちゃんはわたしを地面に降ろし、抱き寄せました。
わたしは
「ごめんごめん……俺の言ったとおりだな。
やっぱり受かってたろ?」
「うん、うん。嬉しい」
「それじゃ、合格祝いに甘いものでも食べに行こう」
「うん」
校門を出ると、帰りは下り坂です。
住宅街の外れに、樫の木をふんだんに使った建物が見えました。
すっきりと垢抜けた外観の喫茶店でした。
「ここにしようか」
「制服のままで大丈夫かな?」
「まだ入学してないんだから、高校の規則は関係ないさ」
お兄ちゃんが扉を開けると、チリリンとベルの音が鳴りました。
古いジャズナンバーが耳に入ってきました。
「あれは……本物のジュークボックスじゃないか?」
店の奥に、年季の入ったジュークボックスが鎮座していました。
それまでわたしは、小説や映画でしかジュークボックスを知りませんでした。