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進行方向を睨んで車を発進させながら、運転席のYさんが言いました。
「○○ちゃん、Uの様子がおかしいんだけど、なにか聞いてない?」
「おかしい? どういうふうにですか?」
「う〜ん、せっかく久しぶりに帰ってきたのに、おっそろしく怒りっぽいんだ。
まともに口利いてくれないしさ。受験勉強でピリピリしてるのかな?」
「夏休みに帰ってくる……という約束を破ったからじゃないですか?」
「あ、そうなのか。参ったなあ……。早く免許を取りたかったからさ。
教習所に通ってたんだ。ドライブにでも連れていこうと思ったのに……」
「お兄さん、そのセーター、センスいいですね」
「あ、そう? サークルの女の子に選んでもらったんだ。
教習所で順番待ちしてたらそこでも偶然出会ってね。
えらく口やかましいところはUに似てるかも……」
Yさんはなにやら思い出し笑いをしました。
「『そんな格好は許せない!』ってすごい剣幕でね。
頼みもしないのに買い物に連れて行かれて、
眼鏡や服を新調するハメになったんだ。お店の回し者かと思ったよ」
女性からの押しに弱いYさんらしい、と思いました。
「……その人と、お付き合いしてるんですか?」
「え、ええっ? そんなんじゃないよ。僕がそんなにモテるわけないって!」
「でも、お話を聞いてたら、その人はお兄さんに好意を抱いているような……」
「まさかぁ、あんな綺麗な子が僕に興味持つわけないよ。うん。
……おっと、道を間違えた」
Yさんはかなり動揺しているようでした。
ハンドルさばきもぎこちなくて、わたしは酔いそうになりました。
「クリスマスイブに会う約束とか……しなかったんですか?」
「あはははは。そんなの無理に決まってる。
まぁ、昨日はサークルの集まりがあったから、みんなで遊んできたけどね。
そうだ、前の集会の時に撮った写真があるんだけど、見る?
彼女のいい表情が撮れてる」
見せたくて見せたくてしょうがないような口ぶりでした。
「……遠慮しておきます。Uより先に見せてもらったりしたら、
後でUに恨まれそうですから」
わたしは顔をしかめて、こめかみを押さえました。
「あれ? 酔った? ごめんね、僕はまだ運転が下手だから……」
お兄ちゃんといいYさんといい、どうして男の人はこんなにニブいんだろう……
と思うと、本当に頭が痛くなりそうでした。
到着すると、Vの用意はもうすっかりできているようでした。
わたしの目から見るとかなり装飾過剰な、ドレスのような服を着ています。
……並んで歩いて恥ずかしくないぎりぎりの線でした。
手には、たぶんケーキの入っている大きな箱を抱えています。
と、それだけならよかったのですが、肩から巨大なバッグを提げています。
人間が一人、そのまま入りそうなサイズの……。
「V……? そのバッグにはなにが入っているの?」
「うふふー、ひーみーつー」
たぶん、いいえ、きっととんでもないものだろうな、とは想像できましたが、
今日はVの好きにさせておこう、と思いました。
Yさんが鞄を取り上げて、車の助手席に置きました。
ケーキの箱は、そのままVが膝に載せていくのがベストでした。
マンションに戻ると、パーティーの準備は万端整っていました。
ジュースにお菓子、料理がテーブルに並べられ、
クリスマスツリーのほかに、居間は色紙で飾り付けてありました。
一応Yさんの分の料理もお盆に取り分けてありましたが、
居間は「男子禁制」ということで、Yさんは早々に追い出されました。
「U……お兄さん、ちょっと可哀相じゃない?」
「ええの! 今夜はわたしら三人の特別なパーティーなんやから。
……ひょっとしたら、これが三人で集まる最後のクリスマスになるかもしれへん。
パーッと楽しもか」
「Uちゃん、ありがとうー」
「今日のことは、きっと思い出になるね」
この3年間、何度この三人で集まったことでしょう。
他愛もないお喋りを重ねた、数えきれないほどの、ささやかな思い出たち。
それらは少なくともわたしにとって、様々な苦しみに満ちた中学生時代の中で、
夜空にばらまいた星々のようにきらきら光る、最良の部分でした。
「まずはプレゼント交換から始めよか」
わたしは綺麗なカバーを付けた本を、Uは手作りのアクセサリーを出しました。
Vは……不敵に「ふふふー」と笑って、巨大な鞄を引き寄せ……
巨大なぬいぐるみを二つ取り出しました。
「なんやそれは……」
「見てわかるでしょー? イルカさんと、ワニさんだよー」
「こんなに大きな……もの凄く高そうなんだけど、いいの?」
「イルカさんとワニさんは、わたしの一番のお気に入りなんだよー。
いつも抱いて寝てたんだー。
わたしの形見だと思って、もらってほしいなー」
パーティーの開始早々、縁起でもないことを言い出すVでした。