236:
手のひらを強く握りしめると、お兄ちゃんの顔にハッと表情が戻りました。
「……お兄ちゃん、寝惚けてる?」
「ん、ああ……すまんすまん」
お兄ちゃんが振り向いて、にこっと笑いました。いつもの笑顔でした。
わたしはホッとしましたが、なかなか動悸が収まりませんでした。
目的地に着いて外に出ると、小さな神社なのに、それなりの人出でした。
近所の人たちが集まっているのか、挨拶を交わす様子が見られました。
「おにーちゃん、たすけてー」
慣れない草履だと歩きにくいのか、Vが大げさにふらついて、
Xさんの腕に抱きつきました。Xさんは否応もなく、照れくさそうでした。
「U、掴まれ」
ちょこちょこ小股であるくUに、Yさんが手を差し出しました。
Uは一瞬Yさんの顔を見て、すぐに顔を伏せてその手を取りました。
「○○、俺たちも行くか」
お兄ちゃんのほうから、わたしの手のひらを握ってきました。
「うん」
6人が、2人ずつペアになって、神社の鳥居をくぐりました。
ふと、1年前にR君と出会った石柵が目に入りました。
わたしは思わず立ち止まってしまって、お兄ちゃんに引っ張られました。
「ん? どうした?」
お兄ちゃんが振り向いて、怪訝そうに訊きました。
「……なんでもない」
少し遅れて賽銭箱の前に着くと、UとYさんが柏手を打っていました。
肩を並べて、神妙に願い事をしているようです。
「○○、お前はなにをお願いするんだ?」
「……なんにも。わたし、神様は信じてないから」
お兄ちゃんが立ち止まりました。
「え? まぁ……俺も信じてるってわけじゃないけど、
願い事しないんだったら、初詣に来てなにをするんだ?」
「習慣……かな。それとも雰囲気を楽しむため」
「お前、人混みは苦手だろ?」
「苦手だけど……たまにはその中に入っていかないと、
どんどん人から遠ざかってしまうみたいな気がする、のかな?
こういう、みんなおめでたい様子の人ばっかりなら、
そんなに嫌じゃない。幸せそうな人が居るって、良いね」
「お前は……そういう人見て、寂しくないか?」
自分自身のことより、お兄ちゃんの口調のほうが寂しげに聞こえました。
「うーん……どうだろ? 幸せな人を見てると、胸が痛くなるけど、
それはただ痛いだけ。幸せな人が居るってことは、わたしもいつか、
そうなれるかもしれない、ってことでしょ?」
「ん……そうだな」
「お兄ちゃんは、行かないの?」
「俺もやめとく。お賽銭で願い事が叶うなんて、ホントは信じてないしな」
お兄ちゃんはわたしに付き合ってくれてるだけかもしれない、と思いました。
それでも、寒さが気にならないぐらい、胸が温かくなりました。
「もしかして……Vちゃんもお前と同じか?」
「え?」
お兄ちゃんに言われて辺りを見回すと、Vは賽銭箱には近寄りもしないで、
Xさんを引っ張ってうろうろ歩いています。
「VとXさんはわたしとは逆」
「逆?」
「2人ともクリスチャンだから、偶像崇拝はしないの。
たぶん……Vはお祭りのつもりで来てるんじゃないかな。
もっと大きな神社だったら、夜店が出てるんだけどね」
「あはははは」
わたしも釣られて、くっくっと笑いました。
2人でそうしていると、VとXさんがわたしたちを見つけました。
「あーこんなところにいたんだー。なにしてるのー?」
わたしとお兄ちゃんは、参拝客を避けるようにしているうちに、
境内の隅を囲った石柵のそばまで来ていました。
「Vの噂話」
「えー? ひどいよー。わたしのこと笑ってたんでしょー?」
「笑ったのは事実だけど、それはVがとっても幸せそうだ、って話」
わたしは、とびきり自然に微笑むことができました。
「ほんとにー?」
「それにしても、V、初詣に来るのを、よくお父さん許してくれたね」
Vの家は、3代続いたクリスチャンです。
「ほんとはねー。この振り袖を着て、外を歩いてみたかったのー。
信じてるのはイエス様だけだよー?」
「ふふふ、そんなことだろうと思った」
わたしは笑いをこらえきれませんでした。
UとYさんも、わたしたちを見つけて歩み寄ってきました。
「あ、そうだ、ここで待ってて」
「どうしたのー?」
わたしはお兄ちゃんの手を引いて、早足で歩きだしました。
くっくクックピザくっく
2016-05-14 12:43:57 (7年前)
No.1
くっくって笑い方の人あんまいない
2017-04-18 16:59:26 (6年前)
No.2