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Cさんが来て、厳しい声で言いました。
「どういうことなのか、教えてくれる?
○○ちゃん、もう首が真っ赤よ。
どうしてあの子を連れてきたの?」
お兄ちゃんは、見るのが辛いほどしょんぼりしながら、右手を挙げました。
手首から、見たことのない巾着袋が下がっていました。
お兄ちゃんは中から綺麗な瓶を2本取り出して、こう言いました。
「こっちに着いてからこれを塗るつもりだったんだ。
駅から浜までこんなに遠いとは思わなかった。
ごめんな、○○」
瓶は、日焼け止めでした。お兄ちゃんが買っておいてくれたのです。
近寄るだけで頭の痛くなる匂いがするので、
わたしはデパートの化粧品売場に入った事がありません。
女の人だらけの売場で買い物するお兄ちゃんは、想像が付きませんでした。
「○○はまだ一度も海で遊んだ事がないんだ。
海水浴をした事の無い小学生なんて、淋しいじゃないか。
俺は親が連れて行ってくれなくても勝手に友達と行ってたけどな」
おにいちゃんはこっちをチラリと見て、続けました。
「コイツは夏休みになっても、毎日家と図書館と本屋にしか居ないんだ。
外で友達と遊べないせいもあるだろうけど。
コイツは我慢強いからいつも平気そうな顔してるけど、
俺だったらきっと、我慢できないだろうな。
だから、ちょっとだけでも思い出を作りたかった……」
わたしは「ありがとう、お兄ちゃん」と言いました。
嬉しくても涙は出てくるものだと、この時はじめて経験しました。
Bさんが、おどけた声を出しました。
「わたしはさっき、
○○ちゃんにお兄ちゃんは優しいねって言ってたんだよ。
やっぱりわたしの目に狂いはなかったか!」
お兄ちゃんは照れ臭そうにしながら抗議しました。
「何言ってんだ、だったらさっきの剣幕はなんだよ!
信用してくれてたのは○○だけじゃないか」
Cさんが口を挟みました。
「まあまあ、ふざけるのはそれぐらいにして。
それより早く日焼け止め塗らないと拙いんじゃない?
こうしているあいだも日は照ってるんだし」
雑木林で日陰になっている所に、お兄ちゃんがシートを敷きました。
上に荷物を並べて、バスタオルを広げ、わたしに横になるように言いました。
わたしが仰向けになると、またBさんが邪魔してきました。
「××、ひょっとして、
○○ちゃんを体じゅう撫で回すつもり?
なに考えてんのアンタ?
やっらしー」
お兄ちゃんは、真っ赤になって反論しました。
「変なコト考えてんのはそっちだろ!
塗り方が決まってるんだ。
俺が塗らなきゃ一人じゃ塗れないじゃないか」
Cさんが間に割って入りました。
「はいはい。言い訳は聞いたけど、
塗り方をわたしたちに教えれば済むコトでしょ?
下心が無いんだったら、わたしたちに任せなさい」
格好の良いお兄ちゃんも、BさんやCさんとの口げんかでは形無しでした。
Aさんは後ろの方に腕を組んで立ち、ずっとにやにやしていました。
わたしは残念でしたが、お兄ちゃんを困らせたくなかったので黙っていました。
お兄ちゃんからやり方を聞いて、Cさんがわたしの手足や首、顔にまで、
なにか臭い匂いのする油を塗り、その上からさらにクリームを塗り広げました。
日焼け止めはべたべたして、頭の痛くなるような嫌な匂いがしましたが、
お兄ちゃんがわざわざ買ってきてくれた物だと思うと、気になりませんでした。
わたしは体力がないし、日焼け止めを塗っても安心はできないという事で、
日陰で荷物の番をする事になりました。
お兄ちゃんは、「時々来るからな」と言い残してみんなと行ってしまいました。
Aさんの水着は、南の島のビーチを描いた派手なトランクスでした。
わたしはお兄ちゃんがデパートで言った事を思い出して、
ひとりでくっくっと笑いました。
日陰にいると海からの潮風が涼しく、思ったよりも暑くはありませんでした。
わたしはいつも本ばかり読んでいましたが、目は悪くありませんでした。
水平線の近くを、小さく見える船の影が横切っていくのが見えました。
わたしは膝を抱えて、浜辺でビーチボールを使ってバレーボールをしたり、
泳いだり潜ったりしているお兄ちゃんたちを眺めました。
友達と遊んで楽しそうにしているお兄ちゃんを見ていると、
嬉しいような、悲しいような、不思議な気持ちがしました。
でも、今日お兄ちゃんと海に来て良かった、と思いました。