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こんこん、とノックの音がしました。
Vが「はーい」と返事をすると、Vのお母さんがお盆を持って入ってきました。
お盆には、ティーセットと切ったグレープフルーツが載っていました。
わたしが正座すると、お母さんがにっこりしました。
「○○ちゃん、かしこまらなくていいのよー。
自分の家だと思って、楽にしてちょうだい」
お母さんが出ていった後も、わたしは虚脱していました。
Uがいぶかしげに声をかけてきました。
「○○、どないしたんや?」
「…………」
「○○ちゃん、どうしたのー?」
「……ちょっと、わたし、変みたい。まだ、信じられなくて」
「なにがや?」
「あんなに綺麗で優しそうなお母さんが、ホントに居るんだなぁ、って」
「やだー○○ちゃん、そんなことないよー」
Vのお母さんに会ったのは初めてではないのに、
どういうわけか、胸がかきむしられるような気がしました。
「お父さんも、優しそうだったね。
わたし、そんなの、お話の中だけだ、って思ってた」
Vの部屋の中にいるのに、わたしは水に溺れてかけているようでした。
テレビの光が妙にぎらついて見え、胸がむかむかしました。
「○○……大丈夫なんか?」
わたしが前に突いた手に、Uの手のひらが重なりました。
わたしは黙って、こくこくうなずきました。
Vがぴったりと、背中に張り付いてきました。
しばらく深呼吸しているうちに、気分が収まってきました。
「もうだいじょうぶ。ごめんね、ごめんね」
「かめへんて。わたしら、なんもしてへんし」
「○○ちゃん、お茶飲もうー?」
3人で、少しぬるくなった紅茶を飲みました。
グレープフルーツは食べ頃で、ぷりぷりした舌触りでした。
皿が空になると、Uが宣言しました。
「ほんなら、ゲーム大会といこかー!」
「……U、勉強はしないの?」
「いきなり素に戻らんといて! 気分転換が先やろ?」
「良いけど……」
「そや、アンタ遊び道具になに持ってきたん?」
わたしはバッグから、カードの束を出しました。
「なーんや、トランプかいな。2つ?」
「1つはふつうのトランプ。もう1つはタロットカード」
「タロットカードていうたら、占いで使うヤツか?」
「そう。22枚の大アルカナと、56枚の小アルカナがある。
わたしが知ってるのは、大アルカナを使う一番簡単な方法。
それぞれのカードの意味は……」
「ちょう待ち。そういうのんは外が暗くなってからにせえへんか?
気分出えへんやろ?」
「……それもそうね。じゃあ、なにをする?」
「さっきまでVとスーファミしててん。
アンタでもファミコンぐらいできるやろ?」
「……したこと、ないんだけど」
「ハァ?
……アンタ、ホンマに日本人か?
×××のスパイやないやろな?」
「……おかしい、かな?」
「おかしすぎるて!
アンタの兄ちゃんはファミコンせえへんかったんか?」
「お兄ちゃんは、部活が忙しかったし、体動かすほうが好きみたい。
わたしを、よく外に連れ出してくれた」
「……まぁ、本気違いのアンタがゲームにハマったら重症やもんな。
そやけどちょっとぐらいやったらエエやろ?」
「どうやるの?」
わたしはUに、ゲームの説明をしてもらいました。
画面の左右に居る劇画のようなキャラが対戦する、格闘ゲームでした。
「最初はVとやり。
Vは弱いさかいそこそこ勝負になるはずや」
「むー。Uちゃんこっそり家で練習してきたんでしょー」
対戦を始めてみると、キャラが思うように動きません。
画面の中で、奇妙に踊っているようでした。
キャラ同士が接触すると、立て続けにダメージを食らいました。
「あ、あ、あ」
たまたま反撃が当たって、盛り返しました。
ゲームに熱中していると、横で見ていたUがだしぬけに爆笑しました。
「ぐぷははははは!」
わたしとVのキャラの動きが同時に止まりました。
「どうしたの?」
「ア、アンタ……コントローラーを振り回してもいっしょやて」
わたしは無意識のうちに、キャラの動きに合わせて腕を動かしていたのでした。