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お兄ちゃんに招待されたのをきっかけにして、
学校が休みの日にUと連れ立って、
お兄ちゃんの働く喫茶店に何度か出かけました。
わたしの顔を見て、お兄ちゃんは一瞬驚きの表情を見せましたが、
すぐに「いらっしゃいませ」と、お客様を迎える笑顔で会釈してきました。
わたしとUは奥のテーブル席に着いて、
カウンターで客の相手をするお兄ちゃんを観察しました。
人懐っこい笑顔ときびきびした挙止が素敵です。
お兄ちゃんのファンと
細長いスプーンでパフェを食べながら、Uがわたしを横目で見ました。
「やっぱりアンタの兄ちゃんモテてるみたいやなぁ。
気になるか?」
わたしは複雑な思いでうなずきました。
「…………。
お兄ちゃん、カッコいいもん。仕方がないよ」
「ふぅん。あんまりモテるのも考えもんやな……」
ふと、Uの態度が気になりました。
Vの一件以来、快活なUも元気がなくなっていました。
けれど、こんなに物憂げに沈みこむUを見るのは初めてでした。
「……? U、なにかあった? Vのことが心配?」
「……それもあるけどな。アンタに話があるねん」
「なに? もう、少々のことでは驚かないよ」
わたしはわざと茶化すように答えました。
Uは細長いスプーンを咥えたまま、目を伏せました。
「あのな……ぼちぼち進路を決める時期やん。
アンタは来年どないするのん?」
「わたし? わたしはあんまり学校に行ってないし、浪人かなぁ……」
「私立やったら入れるとこあるんちゃう?」
「公立しか行く気ない。あの父親の世話にはなりたくないから」
「アンタも頑固やなぁ。
嫌いなヤツやったら思い切りスネかじったったらええやん」
「Uはどうするの?」
「わたしはな……う〜〜、言い出しにくかったんや。
けど今打ち明けんとずるずるいってしまうし……言うわ。
わたし、こっちの高校を受験する気はないねん」
「え?」
「兄ぃのおる田舎にある高校を受けるつもりや」
わたしは思わず、Uの顔を覗き込みました。
冗談を言っている顔つきではありません。
思いもしないほどのショックに、足下が液状化したようでした。
「引っ越す、ってこと?」
「お父ちゃん、今年は転勤なかったけど、来年はまず間違いない。
次はどこに引っ越すことになるんかわからへん。
わたしがこっちの高校に進学しても、
ひとりでこっちに残しとくわけにはいかへん……ちゅうわけや。
田舎の家やったら兄ぃもおるしな……」
「そう……。Vはこのこと、知ってるの?」
「Vは今落ち込んでる真っ最中やからなぁ……。
そのうちに話すつもりや」
「Vもさびしがるね」
「そやな。けど……これで終わりになるわけちゃう。
わたしら、ずっと友達やんな?」
いつも軽口を叩き合っているUに、
真剣に感謝する機会は今しかない、と思いました。
「うん、もちろんそう思ってる。UもVも、一番大切な親友だよ。
わたしが中学校に通えたのは——欠席が多かったけど——
UとVが居てくれたおかげ。ずっと、友達でいてほしい」
「Vもきっと、同じこと言うと思うで」
「卒業式の後で、お別れパーティーしようね」
「そやそや、パーッといこ。その頃にはVの辛気くさい顔も治ってるやろ」
「そうだといいね」
Uと笑顔を交わしていても、さびしさの予感は拭いきれませんでした。
成績の良いVは、地元の名門女子高に進学するだろう、と思っていました。
わたしは、小学校時代のように独りぼっちになるんだろうな、と。
Vの進学先の予想は、結果的に外れていました。
事業の関係で翌年からヨーロッパのある国に常駐することになった両親に、
Vも同行することになったのです。
Vが「おにーちゃん」と過ごしたこの街で、
思い出の道やお店を見るたびに涙する傷心の愛娘に、
ご両親が転地を勧めたのです。
わたしは、眩暈のするような思いで、この知らせを受け容れました。
これ以上、悪い知らせは続かないだろう、と思いました。
その考えが甘すぎた……と知り、わたしが絶望の一歩手前まで
突き落とされたのは、秋の終わる頃でした。