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わたしが首を傾げると、お兄ちゃんが立ち上がって言いました。
「髪、ちゃんと乾かしておかないと、風邪引くぞ。
ドライヤー貸してやるよ。
それに、お前、まだ起きてて大丈夫なのか?」
「せっかく来たんだから、もっとお話したい。
お兄ちゃんも、お風呂入ってきて。
ずっと外に立ってたんだから、汗かいたでしょ?
お湯はもう、ぬるくなってると思うけど……」
「そっか。じゃ、沸かし直して一風呂浴びてくるか」
お兄ちゃんは、ドライヤーを取って来てから、風呂場に行きました。
わたしは、お兄ちゃんが居ないあいだに、髪を梳く事にしました。
艶を出すためのヘアクリームを擦り込んで、低めの温度でブローします。
ヘアスプレーは、匂いで頭が痛くなるので、わたしは使いません。
壁に立てかけた手鏡を見ながら、家から持ってきたブラシで、
丁寧にブラッシングしていると、襖の開く音がしました。
わたしは振り返って、そのまま硬直しました。
お兄ちゃんは、紺地に白のチェックのトランクスを穿いて、
上は白いランニングシャツ一枚で、タオルで頭を拭いていました。
薄いシャツの生地を通して、乳首が透けて見えそうでした。
お兄ちゃんが胡座をかくと、パンツの隙間から、あそこが見えそうでした。
わたしはバッと下を向いて、言いました。
「……お、お兄ちゃん……なんで、パジャマ着ないの?」
「ん……?
ああ、さっきの裸で寝るってのはウソだけどな。
寝苦しいってのはホントだ。
いつもはパンツ一丁で寝てるんだ。
今日はシャツも着てきたけどな。
……って、なに下向いてんだ?」
一昨年まで一緒にお風呂に入っていたのに、どうしてこんなに恥ずかしいのか、
自分でもよく分かりませんでした。顔が火照って、耳まで熱くなりました。
わたしは自分の胸を抱いて、動悸を静めようとしましたが、なかなか収まりません。
胸を押さえる手も、頭も、体中が、どきどきしました。
「……おい、そんなに恥ずかしがるなよ。
こっちまで照れるじゃないか。
……ハァ、しょうがないな」
お兄ちゃんは、襖を開けて出て行きました。
お兄ちゃんが居なくなって、深呼吸すると、だんだん気が静まってきました。
襖が開いて、お兄ちゃんが入って来ました。
今度は、黒いタンクトップのTシャツに着替えて、パンツの上に、
水色のショートパンツを穿いていました。
「落ち着いたか? これでどうだ?」
わたしは頷きました。
「ん……わけわからん。
出てるところさっきと変わらんぞ?」
お兄ちゃんは、不思議そうでした。
「……ぜんぜん違う」
どう違うのかは、うまく説明できませんでした。
お兄ちゃんの顔が、ふと意地悪そうになりました。
「でも、お前の格好の方が、どっちかというと恥ずかしいんじゃないか?」
なにが恥ずかしいのか、わたしにはよく分かりませんでした。
ワイシャツの袖は、折り返しても二の腕を隠していましたし、
裾は膝まで届いていて、脇の切れ込みから、太股が少し覗いているだけです。
「……?
これ、お兄ちゃんが貸してくれたんでしょ?
でも、どうして長袖なの?」
お兄ちゃんは、半袖のワイシャツも持っていたはずです。
お兄ちゃんは、言いにくそうに答えました。
「ん……ま、その、あれだ。
パジャマは冬物しか無いしな。
俺のTシャツとか、半袖のワイシャツだと、
その……胸が透けるかもしれないだろ?
……決して、変な趣味だからじゃあ無いぞ」
「……?」
お兄ちゃんをからかう、絶好のチャンスでしたが、この時はまだ、
変な趣味の意味が、わたしには分かっていませんでした。
「……そんなことはどうでもいい。
それより髪、編んでやろうか?」
「お兄ちゃん、三つ編み出来るの?」
「おう。結構上手いんだぞ。
クラスの女子に教えてもらったんだ」
なんだか、お兄ちゃんのイメージが、大きく変わりそうな気がしました。