310:
「うふふ……V、ありがとう、大切にする」
「ちょっとV、なんでわたしにはワニやのん」
「えー? ワニさんかわいいよー?」
「そやかて、爬虫類やんか」
「ぬいぐるみと本物はちがうよー」
わたしやVが巨大なぬいぐるみを抱いて寝るところを想像すると、
自然に笑いがこみ上げてきました。
三人だけのパーティーは、笑いが絶えません。
けれど、三人が出逢ってからの思い出を話しはじめると、
しんみりしてきました。
こうして三人で集まって心おきなく騒げるのは、あと何回あるだろう?
そう思うと、笑いながら胸をかすかな痛みがよぎります。
窓の外を見たVが言いました。
「もう外は真っ暗だねー」
「遅くなったら泊まっていったらええやん。どうせそのつもりやろ?」
「うん、パジャマも持ってきたよー」
「暖房が効きすぎてちょっと暑いぐらい。
ベランダで星でも見ない?」
「外は寒いんちゃうか?」
「二人ともお酒飲んでないのに酔っ払ってるみたい。
少し頭を冷やした方がいいんじゃない?」
「そうやな」
靴下のまま、ガラス戸を開けてベランダに出ました。
冷たい空気が、ぴりぴりと頬を突っ張らせます。
見上げると、薄曇りの空に星がまたたいていました。
ふと横を見ると、Vの横顔が目に入りました。
じっと夜空を見上げるVの面立ちは、どきりとするほど大人びていました。
1年前の今日のことを思い出しているのだろうか、と思いました。
甘い甘い婚約の思い出が、今となってはVの心を
わたしの1年前は……お兄ちゃんとの一夜でした。
大きく息を吸い込むと、冷気が肺の内側を無数の針のように刺しました。
ベランダの手すりに腕をもたせかけて、頭を乗せました。
どんなに痛みが伴ったとしても、思い出は失いたくありません。
「あんまし外におると体が冷えるで」
言葉もなく立っているVとわたしに、Uが声をかけてきました。
その声の柔らかさに、思わず泣きだしそうになりました。
この二人が居なかったら、わたしはどうなっていたでしょう?
「ありがとう、U」
部屋の中に戻ろうと背を向けたUとVの首に、腕を回しました。
Uがびくっと身をすくめます。
敏感すぎるのか、Uはスキンシップが苦手でした。
二人の頭を抱き寄せて、祈るように言いました。
「二人とも、ありがとう……本当に、感謝してる」
Vがぎゅっと抱き返してきました。
「なんやもう……いきなりびっくりしたで」
Uも身を離そうとはしませんでした。
「いつまでも、わたしの友達でいてくれる?」
「当たり前やん。お婆ちゃんになっても遊ぼうな」
Vは声もなくうぐうぐと泣いていました。
「なに泣いてるんや……。
一番大きいくせしてみっともないで」
「わたし、わたし……」
感極まったのか、Vはうまく言葉を口にできないようでした。
「なにも言わなくていい。わかってるから。
きっと、わたしも同じ気持ちだよ」
胸の痛みはまだ、消えていません。
けれど、冬の日射しに照らされた湖面のように、心はあたたかく澄んでいました。
お兄ちゃんと離ればなれになっていても、
心の底から憎んでいる父親と暮らしていても、
こんなに静かな気持ちでいられることが、奇跡のように思えました。
三人で輪になって座り直して、湧きこぼれるような笑みを交わしました。
これが魔法のように消えてしまうひとときに過ぎないとしても、
思い出は時を経てなお宝石のように輝き続けるに違いない、と確信しながら。
ポケットに入れておいたベルが、震えました。
取り出すとメッセージが1行。
「メリークリスマス」
たった一言に思いが籠もっているようでした。
わたしは二人にメッセージを見せて、Uに電話を借りました。
お兄ちゃんのベルに同じ言葉を、万感の思いを乗せて送りました。
夜遅くなって、居間に三人分の布団を敷きました。
結局くっついて寝ることになったので、布団は一組でよかったかもしれません。
「林間学校を思い出さへんか?」
「あの時はどきどきしたねー」
「いつかまた、三人で行けたらいいね」
臨海学校や修学旅行に行けなかったわたしにとって、
林間学校が唯一の三人揃った旅行でした。