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「うふふ……V、ありがとう、大切にする」

「ちょっとV、なんでわたしにはワニやのん」

「えー? ワニさんかわいいよー?」

「そやかて、爬虫類やんか」

「ぬいぐるみと本物はちがうよー」

わたしやVが巨大なぬいぐるみを抱いて寝るところを想像すると、
自然に笑いがこみ上げてきました。

三人だけのパーティーは、笑いが絶えません。
けれど、三人が出逢ってからの思い出を話しはじめると、
しんみりしてきました。

こうして三人で集まって心おきなく騒げるのは、あと何回あるだろう?
そう思うと、笑いながら胸をかすかな痛みがよぎります。

窓の外を見たVが言いました。

「もう外は真っ暗だねー」

「遅くなったら泊まっていったらええやん。どうせそのつもりやろ?」

「うん、パジャマも持ってきたよー」

「暖房が効きすぎてちょっと暑いぐらい。
 ベランダで星でも見ない?」

「外は寒いんちゃうか?」

「二人ともお酒飲んでないのに酔っ払ってるみたい。
 少し頭を冷やした方がいいんじゃない?」

「そうやな」

靴下のまま、ガラス戸を開けてベランダに出ました。
冷たい空気が、ぴりぴりと頬を突っ張らせます。
見上げると、薄曇りの空に星がまたたいていました。

ふと横を見ると、Vの横顔が目に入りました。
じっと夜空を見上げるVの面立ちは、どきりとするほど大人びていました。

1年前の今日のことを思い出しているのだろうか、と思いました。
甘い甘い婚約の思い出が、今となってはVの心をさいなむのでしょう。

わたしの1年前は……お兄ちゃんとの一夜でした。
大きく息を吸い込むと、冷気が肺の内側を無数の針のように刺しました。
ベランダの手すりに腕をもたせかけて、頭を乗せました。
どんなに痛みが伴ったとしても、思い出は失いたくありません。

「あんまし外におると体が冷えるで」

言葉もなく立っているVとわたしに、Uが声をかけてきました。
その声の柔らかさに、思わず泣きだしそうになりました。
この二人が居なかったら、わたしはどうなっていたでしょう?

「ありがとう、U」

部屋の中に戻ろうと背を向けたUとVの首に、腕を回しました。
Uがびくっと身をすくめます。
敏感すぎるのか、Uはスキンシップが苦手でした。

二人の頭を抱き寄せて、祈るように言いました。

「二人とも、ありがとう……本当に、感謝してる」

Vがぎゅっと抱き返してきました。

「なんやもう……いきなりびっくりしたで」

Uも身を離そうとはしませんでした。

「いつまでも、わたしの友達でいてくれる?」

「当たり前やん。お婆ちゃんになっても遊ぼうな」

Vは声もなくうぐうぐと泣いていました。

「なに泣いてるんや……。
 一番大きいくせしてみっともないで」

「わたし、わたし……」

感極まったのか、Vはうまく言葉を口にできないようでした。

「なにも言わなくていい。わかってるから。
 きっと、わたしも同じ気持ちだよ」

胸の痛みはまだ、消えていません。
けれど、冬の日射しに照らされた湖面のように、心はあたたかく澄んでいました。

お兄ちゃんと離ればなれになっていても、
心の底から憎んでいる父親と暮らしていても、
こんなに静かな気持ちでいられることが、奇跡のように思えました。

三人で輪になって座り直して、湧きこぼれるような笑みを交わしました。
これが魔法のように消えてしまうひとときに過ぎないとしても、
思い出は時を経てなお宝石のように輝き続けるに違いない、と確信しながら。

ポケットに入れておいたベルが、震えました。
取り出すとメッセージが1行。

「メリークリスマス」

たった一言に思いが籠もっているようでした。
わたしは二人にメッセージを見せて、Uに電話を借りました。
お兄ちゃんのベルに同じ言葉を、万感の思いを乗せて送りました。

夜遅くなって、居間に三人分の布団を敷きました。
結局くっついて寝ることになったので、布団は一組でよかったかもしれません。

「林間学校を思い出さへんか?」

「あの時はどきどきしたねー」

「いつかまた、三人で行けたらいいね」

臨海学校や修学旅行に行けなかったわたしにとって、
林間学校が唯一の三人揃った旅行でした。


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