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わたしの言葉に部長は戸惑いの色を隠せませんでした。

「どうして連載小説だと思ったの?」

「登場人物が三人居ますけど、名前だけで人間像がはっきりしません。
 外見もそれぞれの人間関係も。これ以前に描写してあるのかと思いました」

「あ……そ、そうかな」

「どうやら恋愛小説のようですけど、人間像も人間関係も不明なので、
 主人公がヒロインをどう思っているのか理解不能です。
 どんな場所でいつごろ起こった出来事なのかも判りません。
 主人公の独白が地の文の大半を占めていますが、
 なにかに悩んでいるらしい、ということしか伝わってきません」

「…………」

ここまで喋って、やっと気づきました——部長の絶望的な表情に。
頭の中で警報ベルが鳴り響きました。

「えっと……それが感想なわけだ」

「いえ、その、今の段階では、感想を言えるほどの情報がありません」

「ハァ……そう……」

「あの、もしかして……」

「そう、ボクがそれの作者」

「…………」

とてつもなく気まずい、白けた空気が流れました。

「失礼しました」

わたしはぺこりとお辞儀して、可及的速やかに撤退することにしました。
文芸部に入る計画は、当然ながら白紙に戻りました。

「うーん、どうしようかな?」

予定を途中で切り上げたため、大幅に時間が余ってしまいました。
他の部も冷やかして歩こうか、思案しましたが、
またさっきのようになったら……と思うと、どうも気後れがします。

「あれ? ××さん?」

「あ、はい?」

呼ばれて顔を上げると、どこかで見たことのある顔が目の前に。
のんびりと眠そうな目をした、がっちりした体つきの男子です。
襟章の色と組章から、クラスメイトの一人だと判りましたが、
肝心の名前が出てきません。

「なにしてんの?」

「えっと……次はどの部活を見学しようかと」

「行くとこないんだったら、お茶でも飲みに行こうか」

「は?」

「作法室で落研がお茶を点ててくれるらしいよ。
 これはナイショだけど、和菓子も出るらしい」

極秘情報をこっそり明かすような芝居がかった仕草でした。
それにわたしが不審の眼差しを返すと……。

「あれ? ××さん、俺のこと姉貴から聞いてない?」

「お姉さん?」

「俺、jって言うんだけどさ。
 ××さん、この学校を下見しに来たことあるでしょ?
 その時、態度のビッグな上級生に案内して貰わなかった?」

「もしかして、i先輩のことですか?」

「そうそう、それが俺の姉貴。俺ら、似てない?」

言われてみれば、どことなく面立ちが似ています。
容姿だけでなく、新入生とはとても思えない堂々とした態度も。
そのせいか、受け答えが敬語になってしまいました。

「似てます」

「アハハ、敬語はやめようよ。俺らタメじゃん」

j君は笑うと目が糸のように細くなりました。

「俺ももうちょっと背が足りてたらもっと似るんだけどな……。
 姉貴に身長を持って行かれたみたいだ。デキのいい姉貴を持つとツラいよ」

滑らかに舌を操りながら、j君は先に立って歩きだしました。
わたしは釣り込まれるように後を追いました。

「××さんは、もうどの部活に入るか決めてる?」

「まだ」

「それなら落研も考えてみてよ。面白いよ〜」

「オチケン?」

「落語研究会のこと。コミュニケーションは人間関係の基礎だからね。
 落語を研究するとしゃべり方のコツがわかってくるんじゃないかな」

聞いているとうっとりしてくる、立て板に水の見事なトークです。
j君は落研に入部するつもりのようでした。
高座に居るj君を想像してみると、なるほど似合っています。

「……わたしが落研?」

続いて想像してみました。が……似合いません。徹底的に似合いません。

「ズバリ、自分には似合わない……と思ってる?」

「はい」

「××さんは、今の自分に満足してるのかな?」


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