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お兄ちゃんは、すぐには返事をしませんでした。
わたしが固唾を呑んで待っていると、やっと答えが返ってきました。

「ん……ちょっとそれは……まずいだろ」

「駄目?」

「ん、ああ、俺は良いけどな。
 お婆ちゃんが知ったら、きっと怒る」

「……そう」

お兄ちゃんのあそこを、もう一度観察するという野望が潰えて、
わたしはしょんぼりしました。

「でもな、その代わり肩揉んでやるよ。
 兄ちゃん、マッサージも上手いんだぞ」

「え?」

「あっち向いてみ?」

わたしが背中を向けると、お兄ちゃんの硬い指が、首筋を掴みました。
わたしはびくっ、としましたが、ちっとも痛くはなく、
お兄ちゃんが指を動かすと、涙が出るほどの心地よさに、頭がぼうっとしました。

「部活で筋肉が突っ張った時、部員でお互いに揉みっこしてたんだ。
 婆ちゃんの肩もよく揉んでるしな。
 ……しっかし、なんで小学生の肩がこんなに凝るんだ?」

わたしは陶然として、返事もせずに、はあ、はあ、とため息をつきました。
肩胛骨のあいだを揉まれていると、頭がふわふわ軽くなっていくようでした。
お兄ちゃんが肩から二の腕、手のひらまで揉みほぐすと、腕が痺れるような
感じがしました。

「ん? 気持ち良いか? よしよし」

わたしが頷くと、今度はバスタオルを敷いて、うつぶせに寝かされました。
わたしの腰の辺りで膝立ちになって、背骨の両側を、腰から上に向かって、
順番に親指で押してきます。
わたしは気持ち良さに、ああ、とか、うう、とかと呻くだけでした。

その後、また座らされて、顎を前から押さえられ、うなじをぐりぐりされました。
最後に、腕を首に回され、「力を抜いて」と言われた後、こきっ、と首を
捻られました。そして、反対側に、もう一度首を鳴らされました。

わたしは腰が抜けたようになって、お礼も言わず、ぼうっとしていました。
お兄ちゃんは、「昼寝するか」と言って、枕を持ってきてくれました。
わたしはそのまま、夕方まで寝てしまいました。

夕食が済んで、ちゃぶ台に勉強道具を広げるお兄ちゃんに、言いました。

「お兄ちゃん、さっきはありがとう。
 すっごく気持ち良かった」

マッサージは、オナニーより気持ち良いかもしれない、と思いました。

「ん、良かった。
 また今度、やってやるよ。
 後でちょっと痛むかもしれないけど、心配すんな」

「お兄ちゃんって、何でもできるね」

「ん……まあ、そんなこと……あるけどな」

お兄ちゃんは自分で言って、ぷっと笑いました。

「わたしにも教えてくれる?」

「そうか? じゃ、ちょっとやってみてくれ」

背中を向けたお兄ちゃんの肩を掴むと、お兄ちゃんはくすぐったいのか、
身をよじりました。

「手のひら全体で掴むんじゃなくって、
 親指で、その、もうちょっと下を押すんだ」

「……こう?」

「ん、上手い上手い。
 お前、手が小さいから、結構効くな」

力を入れて押していると、5分もしないうちに、親指が痛くなってきました。

押す力が弱くなったのを感じ取ったのか、お兄ちゃんが言いました。

「ん、もういいぞ。気持ち良かった。
 たまに婆ちゃんの肩を揉んでやると、お小遣いくれるぞ」

わたしは、自分の力の無さが、情けなくなりました。
なにか、お兄ちゃんにお返ししたい、と思いました。
ふと、田舎に来た日から感じていた疑問を、思い出しました。

「お兄ちゃん、どうして、お料理しないの?」

夕食のご飯は、柔らかすぎてべたべたしていました。
おみそ汁はしょっぱすぎて、焼き魚は焦げすぎでした。
お兄ちゃんなら、ずっと美味しくできたはずです。

「ん……。
 俺も料理したいんだけどな。
 こっちじゃ、男は台所に入れてもらえないんだ。
 腕が鈍りそうで、困っちゃうよ」

わたしの頭に、一つのアイディアが浮かびました。


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