213:
わたしはそのまま、文化祭終了まで、保健室でサボっていました。
布団にくるまって安穏としていると、UとVの2人が迎えに来ました。
「○○、起きてるか? 調子はどうやのん?」
わたしは掛け布団から顔だけ出して、答えました。
「もうだいじょうぶ。投票の結果はどうだった?」
「劇のグランプリは3年に持って行かれたわ。
まぁしゃあない。わたしも観とったけど、上手いもんやった。
それより、アンタも打ち上げに来るやろ?」
文化祭終了後に、クラスの有志で打ち上げをすることになっていました。
わたしは、天井を見つめました。
「わたしは……やめとく」
「えー? わたしも行くんだよー?」
「そや。それにアンタが
「それで、良い」
「エエことあるかい! aみたいなン威張らせといて悔しないんか?」
Uの声のほうが、よっぽど悔しそうでした。
どういうふうに言えば、今のわたしの気持ちがUに伝わるんだろう……
そう考えて、ハッとしました。
わたしは、天井を見つめたままで、言いました。
「U、わたし、いま気がついた」
「……? なんのことや?」
「わたし、恐いんだ」
「恐い……て、aがか? ウソやろ?
アンタaが興奮しとっても平然としてるやないか」
「そう見えるだけ。そっか……Uにもわかってなかったんだ。
わたしもいま、やっと気づいたところだから、ムリないけど。
わたし、
剥き出しの感情をぶつけられると、どうして良いのかわからない」
「……信じられへん。今日かて、aが嫌味言うてるとき、
アンタは涼しい顔してaを見返してたやんか」
「あれは……視線も表情も動かせなかっただけ。
考えてみたら、Z君の時も、b君の時も、同じだった。
強い感情に晒されると、わたしの体は機能を停止しちゃうみたい。
今まで、1人で居たほうが落ち着く、って思ってた。
……そうじゃない。他人が恐かっただけなんだ。
敬遠されてる、って思ってたのも、ホントはわたしが拒絶してたのね」
わたしのつぶやきは、独り言のようになってきました。
「……そんなら、わたしらのコトも邪魔やったんか?
わたしは○○にぎょうさん酷いコト言うたで?」
「邪魔じゃない。Uは口が悪いけど、悪意は無いでしょ?
最初からそうだった。だから、嫌な気持ちになったことない。
2人にはホントに感謝してる。
2人が居なかったら、今のわたしは空っぽになってたよ」
掛け布団の下の手のひらを、誰かの手が握りました。Vでした。
Uが気遣わしげに尋ねてきました。
「わたしがアンタに悪い噂のコト教えた時も、ホンマは傷ついてたんか?」
「あれは平気。
噂話を聞いても、噂を流した人の顔も声も届かないでしょ。
そんなのは本に書いてあることと同じ。
わたしには関係ない、って思えば無視できる。
でも、面と向かうとダメね……。
ごめんね。Uが思ってるより、わたし弱いみたい」
「○○!」
名前を呼ばれて振り向くと、Uが顔をしかめていました。
「わたしは、アンタが弱いなんて認めへんからな!
ちょっとしんどぉて気ぃ弱ぁなってるだけや。
アンタが打ち上げ出ぇへんのやったら、わたしもやめとく」
「わたしもー」
「……Vは今日の主役でしょ?
打ち上げに出ないわけにはいかないよ。
UはVに付いててあげて。わたしは1人で帰れる」
「そんな弱々しい顔してるアンタを1人で帰されへん」
「ふふ、U、さっきと言ってることが違うよ。
うん……わたし、いま気づいたこと、やっぱりショックだった。
でもね、お兄ちゃんが遠くに行ってから、UやVに会うまで、
わたしずっと1人だったから、1人は平気だよ」
わたしはUとVに微笑んで見せました。
2人とも、言葉を失っているようでした。
「……どうかした?」
「アンタは……アンタは、なんでそんなことスラッと言えるんや?
やっぱりアンタは強いで。
もうエエ。1人で帰り。でもな、覚えときや。
ホンマにしんどなったら、わたしでもVでも頼るんやで?
アンタ見とったら、スーッと消えていきそうで恐いわ」
「U……わたし幽霊じゃないよ」
「冗談とちゃう! しんどかったら、明日は休んで寝とくんやで?」
わたしがうなずくと、2人は出ていきました。
わたしのすることは、保健室に鍵をかけてキーを職員室に持っていくだけです。
1人で帰り道を辿りながら、思いを巡らせました。
新しく発見した自分の弱点は克服できるのかどうか、と。
具体的な方策は見当もつきませんでしたけど、
これが現実なら、なんとかやっていくしかないな、と思いました。
この後、お菓子やジュースは黙認されていた打ち上げに、
こっそりお酒を持ち込んでいた男子が居たことが先生にバレて、
打ち上げの参加者全員が体育館で正座させられて説教されたとか、
Vの常人離れした性格を知らない他のクラスや上級生の男子に、
お姫様を演じたVが追いかけ回されて、文字通り逃げ回ることになったとか、
ちょっとした事件がありましたけど、それはまた別のお話です。