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大胆不敵な計画でした。
夜中に病院に忍び込んで、gさんを連れ出そうというのです。

「gさんの家族が『誘拐された』って訴えたら、どうするの?
 また、自殺するかもしれない、って心配するかも……」

「そうなったら拙いけどなぁ。ま、大丈夫やろ。
 置き手紙残しておらんようになったら、家出やと思うやろし。
 『もう死にません』『駆け落ちします』て書いておいたらええ。
 △△が説得しても付いて来んようならしゃあないけどな」

「わたしの役割は、なんですか?」

「別にないけど、○○にだけは話しとかんと、死ぬほど心配するやろ?
 ほとぼりが冷めるまで俺のとこに二人ともかくまうさかい、安心しとき。
 あっちの家族に頭下げるのは兄貴に任せるわ」

不謹慎にも、F兄ちゃんは面白がっているようでした。
お兄ちゃんが、F兄ちゃんに頭を下げました。

「本当に、ありがとうございます」

「可愛い甥っ子のためや……。気にせんでええ。
 死なれるよりは駆け落ちしたほうがなんぼかマシや。
 ホンマにしんどい時は大人に頼らんかい。
 あんまし○○に心配かけたらアカンぞ?」

「はい」

わたしも深々と頭を下げました。

「F兄ちゃん……ありがとう」

F兄ちゃんは照れたように、ええからええから、と手を振りました。
わたしは心の中で、F兄ちゃんが本当のお父さんだったら良かったのに、
と思いました。

計画が実行されているあいだ、わたしはただ待つことしかできません。
これだけは父親に見つからなかったポケットベルが震え、
「セイコウ」の文字が届きました。

突然病院から姿を消したgさんのことで、また騒ぎになりました。
お兄ちゃんも同時に家を出ています。

わたしは父親から再び問い詰められましたが、
駆け落ち計画のことを喋る気は、毛頭ありませんでした。
父親は当然わたしの言葉を信用せず、gさんの家に連れて行きました。

gさんの家は、薄暗い雰囲気でした。奥の畳敷きの間で、
頭の半分禿げたおじさんと、所帯じみたおばさんが待っていました。

父親が「息子は勘当して行方知れずです。どこに居るのかわかりません」
と弁解しました。
わたしは座布団を外して、その場に土下座しました。

「兄がご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

おじさんが怒りの混じった声で言いました。

「あんたなぁ……あの男と同じで礼儀正しいけど、
 ただ頭を下げればいいってもんじゃないんだ」

わたしが頭を上げずにいると、矛先が父親に向きました。

「それにしても、娘を連れてきて代わりに謝らせようなんて、
 あんたは一体どういう了見なんだ?」

「いえその……そんなつもりでは……」

わたしを道連れにして針のむしろに座らせようとした、
父親の目論見は裏目に出たようです。
家に帰るまで、父親はずっと不機嫌さを隠そうともしませんでした。

次の休みの日に、UとVがわたしの見舞いに来ました。
わたしはお兄ちゃんの心中未遂と駆け落ちの顛末を、話して聞かせました。
途中で言葉につかえると、Vがそっと両手で手を握ってきました。

「たいへんだったねー。つらかったでしょー?」

そう言うVのほうが、よっぽど辛そうな顔をしていました。
Uも沈痛な面持ちで、言葉を探しているようでした。

「アンタは、ホンマに……いろんなことがあるなぁ……。
 わたしにはなんて言うたらええのか……想像もつかへん」

「せっかく来てくれたのに、そんな悲しい顔しないで。
 お菓子でも食べよう」

信じられないモノを見る目つきで、Uが尋ねました。

「アンタ……ホンマにそれでよかったんか?」

わたしはすぐには返事ができませんでした。

「……U、昔、わたしが言ったこと、まだ覚えてる?」

「なんや?」

「心の底からこいねがっても、手に入らないモノがある、って話」

「あ、ああ……そんな話、聞いたな。
 あきらめる、てことか?」

Uは、微妙な言い回しをしてきました。

「あきらめる……? そうじゃない。
 この世の誰にも、人の心だけは侵せない、と思う。
 わたしの心を変えられる人は、誰も居ない、それと同じ。
 人の心に、自分の思い通りになってほしい、っていうのは、傲慢だよ。
 それより……。
 自分の好きな人が、幸せになってくれたら、わたしはそれが幸せ」


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