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駅前の駐輪場に自転車を預けて、デパートに向かいました。
デパートの近くの歩道は、人波で溢れています。
先に立って人波を切り開いて行くお兄ちゃんの後を、
背中を見失わないように付いていきます。
わたしの前に道が出来ていく様子を見ていると、
なんだかお兄ちゃんが除雪車になったようで可笑しかったのを覚えています。
デパートの店内は、冷房が効きすぎていて寒いぐらいでした。
わたしとはぐれないように、お兄ちゃんが手を握ってきました。
わたしの手を引いて、お兄ちゃんは迷わずエスカレーターに向かいます。

今朝は遅く起きて朝ご飯を食べていなかったので、少し早い昼食です。
最上階のレストランで、オムライスとミニグラタンのセットを二人前。
わたしは一人前を食べきれないので、外食の時いつもそうするように、
オムライスを真ん中で割ってその半分をお兄ちゃんに食べてもらいます。
オムライスは中のチキンライスのケチャップが利きすぎていましたが、
お兄ちゃんが作ったものではないので我慢するしかありません。

食事が終わって、男性用水着を売っているフロアーに移動しました。
お兄ちゃんは店の入り口でわたしの手を放し、
「ここでちょっと待ってて。すぐだから」
と言って中に入って行きました。

わたしが見ていると、お兄ちゃんは大股にワゴンに近づいて行って、
何枚かひっくり返した後、紺地に黄色いラインの競泳用水着を手に取り、
レジに並びました。この間わずか1分ぐらいしか経っていません。
お兄ちゃんが小さな包みをリーバイスの尻ポケットに仕舞って出てくると、
わたしは尋ねました。

「お兄ちゃん、前にもここに来た?」
「ん、なんで?」

お兄ちゃんには質問の意味が分かっていないようでした。
初めての店で、あれだけ色とりどりの中から迷わず一品を選べるのが驚異でした。

「どうしたら、あんなに早く選べるの?」
「ん? 海パンなんて大して種類ないからさ、
 粋がってビキニとか派手な柄の穿いてたら馬鹿みたいだろ。
 穿いてて学校の海パンと間違われるようなんでなけりゃいいんだ」

わたしはまだ納得がいきませんでしたが、とりあえず頷いて、
子供用水着の売場に移動しました。

お兄ちゃんは入り口の近くで立ち止まって、
「お兄ちゃんここで待ってるからさ。
 時間気にしないでゆっくり選んでいいぞ?
 決まったらレジに呼んでくれたらいいから」
と言い、腕組みして背中を向けてしまいました。

中を見ると、女性店員が奥でこっちを見てにこにこしています。
わたしは店員という人種が嫌いでした。
顔見知りでもないのに遠慮なく話しかけてきて、返事を強要するからです。

店員からできるだけ離れたワゴンの前に立ちましたが、
圧倒的に彩り豊かな品々を見て立ち竦んでいると、
やっぱり店員が後ろから忍び寄って来て、話しかけてきました。
立て板に水の要領で次々と商品を薦め、イエスノーを強要します。

似合っているかどうか見当も付かないわたしが、
困り切って無言で外のお兄ちゃんの背中をちらちらと窺っていると、
店員はそれに気付いたのか、外に出てお兄ちゃんを連れてきました。

お兄ちゃんは「どうした?」と居心地悪そうに顔をしかめていましたが、
わたしが「どれがいいと思う?」と我ながら哀れっぽく聞こえる声を出すと、
真剣な目になってワゴンやマネキンをゆっくり眺め始めました。

わたしがしばらく息を呑んで見守っていると、
おにいちゃんは「あれがいい」と言って、ライトグリーンの生地に、
大きな向日葵の花を幾つもプリントしたワンピースの水着を指さしました。
胸元に、フリルが控え目にあしらってあります。
わたしは、いつもお兄ちゃんが選ぶシックな服と違う派手さに仰天しました。

「……派手じゃない?」
「ん、着てみれば分かる」

そう言えば、お兄ちゃんは返事をする時まず「ん」と言う癖がありました。
お兄ちゃんは店員にサイズを告げてその水着を持って来させました。
店員はわたしを試着室に連れて行き、頼みもしないのに着替えを手伝って、
「よくお似合いですよ」と欠片も本当らしく聞こえないお世辞を言います。
着てみても分からなかったわたしは、まだ半信半疑でした。

わたしはカーテンの隙間から顔を出して、お兄ちゃんを呼びました。

「本当に、変じゃない?」

お兄ちゃんは店員と入れ替わりに試着室に入ってきて、
わたしの全身を何度も視線を往復させて眺めた後、真面目な顔で断言しました。

「○○は色が白いから、水着ははっきりした色の方がいい。
 それにおまえは小さくて細いから、明るい柄のが映える。
 絶対似合ってる」

その時のわたしにお兄ちゃんの言う推論の真偽は判りませんでしたが、
強い口調で保証して貰ったせいで不安が無くなりました。
今思うと、当時のわたしにとってお兄ちゃんの言葉は絶対でした。
もしかすると、お兄ちゃんも女性の水着の趣味には自信が無かったのに、
わたしを安心させるために、あえて断言したのかもしれないと思います。

この後、デパートの書籍売場に行って文庫本を自分のお小遣いで買い、
帰り道に、いつもお兄ちゃんと行きつけの喫茶店に寄りました。

ここでは必ずチョコレートパフェを注文するので、わたしでも迷いません。
余所のチョコレートパフェは底にコーンフレークが入っている偽物ですが、
ここのは底までチョコレートシロップとフルーツが詰まっていました。

お兄ちゃんは決まって、マンデリンというコーヒーをブラックで飲みます。
この時ではありませんが、わたしがじっと見ていたら、
一口飲ませてくれた事がありました。
わたしが苦さに顔を思い切りしかめると、お兄ちゃんは大笑いして、
「もっと大きくなったら美味しくなる」と言いました。
それは本当でした。

こうして、5年生の夏で一番輝いた一日が暮れて行きました。


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2016年1月7日10.00まで!
2015-12-30 22:58:26 (2年前) No.1
上のコメントは、冗談ですよ!!
2015-12-30 22:59:16 (2年前) No.2
何が50%OFFなの?
2016-01-16 20:55:53 (2年前) No.3
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