154:
「ホ、ホントに……?」
おずおずと尋ねると、お兄ちゃんはしばらく大笑いしていました。
「……っくくく、お前、覚えてないのか?
ふざけてるのかと思ったけど、夢遊病の気があるのかもな」
わたしは自分がお兄ちゃんになにをしたのかわからなくて、
全身がカッと熱くなりました。
「早く着替えて下りてこいよ。田舎の土産も見せたいし」
お兄ちゃんが出て行ってからベッドを出て、自分の部屋に戻り着替えました。
階段を下りていくと、ダイニングテーブルに箱が積んであります。
「お兄ちゃん、これ、なに?」
「俺と田舎のみんなからのお土産だ。良いから開けてみろ」
お兄ちゃんはわたしが包みを開くのを、楽しみにしているようでした。
包装紙を破らないように丁寧に1つ目の包みをほどくと、壜でした。
壜の中には淡い色の液体が入っていて、底に何か紐のような物が沈んでいます。
「それは兄ちゃんからのお土産だ。養命酒みたいなもんだから、
毎日小さなカップ1杯ずつ飲むといい」
ラベルには「蝮酒」と書いてありました。
「まむしのお酒?」
わたしは蛇や虫を怖いと思ったことがないので平気でしたが、
ずいぶんユニークなお土産だと思いました。
「いっぺんに飲むと酔っぱらうから、少しだけだぞ」
さっそく封を開けてくれたので、お兄ちゃんの目の前で一口飲みました。
辛くて口の中が燃えるようでした。
飲み込むと、お腹の中まで熱くなりました。
わたしが顔をしかめたせいか、お兄ちゃんの顔が曇りました。
「不味いか?」
「ちょっと、変な味。でも、毎日飲む」
「そうか、良かった。こっちはF兄ちゃんからだ」
次の包みを開けると、縦長の小さな木の箱でした。
箱の蓋を取ると、中に壜が入っています。
「朝鮮人参茶?」
「F兄ちゃんも毎日飲んでるそうだ。飲むと体があったまる。
F兄ちゃん、お前が病気したって聞いて心配してたぞ。
またお前が夏休みに遊びに来ると思って、楽しみにしてたんだ。
この朝鮮人参茶は高級品らしい。
あとでちゃんとお礼の電話して、手紙も書くんだぞ?」
わたしは、困ったことになったと思いました。
F兄ちゃんへの電話や手紙が、おっくうだったのではありません。
「……お兄ちゃん、わたし、朝鮮人参茶は飲めない」
「え? 嫌いなのか?」
「まだ飲んだことないけど、朝鮮人参は血圧を上げるから、
腎炎の患者は飲んじゃいけないんだって」
「そっかー……う〜ん、これどうしようか」
「お兄ちゃんが飲む?」
「そういうわけにもいかないだろ。せっかくのお土産なのに。
仕方ないから持って帰るよ。
その代わり、F兄ちゃんから小遣いたっぷり貰ってきたから、
買い物に行ってそのお金で何か買ってやろう」
後のお土産は、おばあちゃんからの浴衣と、Hクンのお母さんからの
温泉入浴剤でした。
ちなみに、お兄ちゃんはこの後も、アロエの栽培セットとか、
有機栽培ケール100%の青汁とか、変わった物ばかりお土産にしました。
その後の数日は、お兄ちゃんがこぐ自転車に乗って図書館に行ったり、
お兄ちゃんの自主トレーニングを手伝ったり、
体のあったまる白い温泉入浴剤のお風呂に入ったりして、
のんびりと過ごしました。毎日が夢のようにしあわせでした。
ある朝、お兄ちゃんに尋ねました。
「お兄ちゃんは、遊びに行かないの?」
「お前の友達が帰ってきて、お前が遊びに行ったらな」
「もう帰ってきてるはずだから、電話してみる」
Uに電話するとキャンプから帰ってきていて、b君とのことを訊かれました。
わたしはb君のことをすっかり忘れていたので、あわてました。
「お兄ちゃんが帰ってきて、b君とお話してくれてから、
会わなくなった」
「ホンマかー、よかったやん!
兄ぃに後のことよーく頼んで行ったんやけど、
要らん心配やったみたいやな〜」
「ありがとう」
電話したときYさんが留守だったことは黙っておこう、と思いました。
「それで、Vも誘って買い物に行かない? お兄ちゃんも来るって」