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その時、いきなり後ろから声が掛かりました。
「あ〜る〜、何やってんだぁ? そんなトコで」
クラスメイトの男子の声でした。
R君は目をきょろきょろさせてから、わたしに合図するように右手を軽く挙げ、
走り去りました。
わけがわからずその場に取り残されたわたしは、
R君がクラスメイトの男子と肩を並べて、裏門から出ていくのを見送りました。
いったい今のは何だったんだろう……?
わたしは疑問に首を傾げ傾げ帰途につきました。
春休みに入っても、R君の態度の不可解さは、
喉と胃のあいだに引っかかった食べ物のように、気になっていました。
手紙を書いてお兄ちゃんに相談しようかとも思いましたが、
やっぱりお兄ちゃんが帰ってきてから話そう、と考え直しました。
それに、休みのあいだにR君と学校で会うことは無いので、
大事な用件なら、R君から電話が掛かってくるだろう、と思いました。
数日経った夜、電話機が呼び出し音を立てました。
わたしは、やっぱり掛かってきた、と思いました。
「もしもし、R君?」
「…………俺だ」
電話してきたのは、R君ではなくてお兄ちゃんでした。
お兄ちゃんから電話が掛かってくる可能性を失念していたことに、
わたしはあわてました。
「あ、お兄ちゃん?
ごっごめんなさい。今日はずっと、R君のこと考えてたから……」
「なんだとぉ? ……お前、R君と付き合ってたのか?」
「えっ? 違うよ。どうして?」
「R君からよく電話掛かってくるのか?」
「まだ1回しか掛かってきてない。クリスマスイブの晩だけ」
「……どんな話したんだ?」
「……う〜ん……何も用事が無かったみたいだったから、
別に話はしてない……」
「ん……まぁいい。それより明日そっちに帰るから。
夜7時には家に居てくれ」
「うん、わかった。晩ご飯作って待ってる。
R君のことで、お兄ちゃんに相談したいと思ってたの」
「そうか……その話は明日な。
じゃ、今日はおやすみ」
「おやすみなさい」
お兄ちゃんにしては、いやに素っ気ない電話でした。
お兄ちゃんでも機嫌が悪い時はあるんだ、と思いました。
その翌日、わたしは時間を掛けてカレーを煮込みました。
午後7時になると、待ちきれなくて、外に出てうろうろしました。
玄関先で行ったり来たりしていると、足が疲れてきました。
お兄ちゃんの悪癖を、わたしはまだ理解していませんでした。
お兄ちゃんは、待ち合わせの時間にルーズだったのです。
遅いなぁ、と意気消沈しかけたところに、声が掛かりました。
「○○! どうしたんだ? こんなとこで」
わたしは振り向いて、はしゃいだ声を上げました。
「お兄ちゃん! おかえりなさい。
待ちきれなかったの」
「ん、ただいま。
……髪、切ったんだな」
「うん。変、かな?」
「いんや、可愛いじゃん。
前より短くなって、首が細く見える」
お兄ちゃんは右手を伸ばして、わたしのうなじをさわさわしました。
「んは」
わたしがおかしな声を上げたので、お兄ちゃんはあわてて手を引っ込めました。
わたしは、首が弱いのです。
「ま……こんなところで立ち話しててもしょうがない。
早く中に入ろ」
お兄ちゃんと向かい合って食卓に着き、カレーライスを食べました。
食べているときは、あまり会話が弾みませんでした。
食後の紅茶を淹れて、お兄ちゃんの前にティーカップを置くと、
話を始める雰囲気になりました。
「それで……相談っていうのはなんだ?」
「うん……R君がなに考えてるのか、よくわからなくて」
「なんでお前が、そんなこと気にするんだ?」
そこでお兄ちゃんに、卒業式の後の一件を話しました。
「あの裏庭の木の下に……呼び出されたのか?」
「うん」
「うんって……」
お兄ちゃんは、なにか珍しい動物でも見るような目で、わたしを見ました。
「○○、ホントに、見当も付かないのか?」
「うん」
「はあああああ……」
お兄ちゃんは、長いため息をつきました。