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お祭りには、歩いて行くことになりました。
わたしは、K姉ちゃんから借りた、赤い鼻緒の、草履のような下駄を履きました。
下駄は少し大きくて歩きにくく、わたしは遅れがちでした。
自然と、先を行く年上のいとこたち4人と、お兄ちゃんとわたしとHクン3人が、
グループに分かれました。
お祭りに行く様子の人影が、多くなってきました。
お兄ちゃんが、向き直って言いました。
「○○、はぐれたら迷子になるぞ。
手をつなごう」
お兄ちゃんが差し出した右手を、わたしは取りました。
わたしもHクンに右手を差し出しました。
Hクンがそっと、わたしの手のひらを握りました。
遠くから祭囃子の音が、聞こえてきました。
道の脇に、夜店が軒を並べています。
金魚すくいの前で、お兄ちゃんが立ち止まりました。
「いっぺんやってみるか?
1本ずつで勝負しよう」
わたしは、針金と紙で出来た網を持たされました。
網を水に入れると、近くの金魚は逃げてしまいました。
追っても、金魚の方が速くて追い付けません。
無理に追い掛けると、網は簡単に破れてしまいました。
次はHクンの番でした。
Hクンはじっと、金魚の動きを観察していました。
Hクンの手がさっと動いて、網を水に突っ込みました。
金魚をすくった、と思った瞬間に、網は破れていました。
「ま、見てろよ」
お兄ちゃんは自信ありげでした。
「水の中にずっと入れてると、紙が溶けちゃうからな。
よーく金魚の動きを見て、油断するのを待つんだ」
わたしはじっと、お兄ちゃんの手を見ていました。
「ぼやーっとしてるのが居たら、
後ろから、ほらこうやって……」
お兄ちゃんの手が横にすうっと動いて、網が水に入りました。
そのまま、網が水面から出てくると、金魚が1匹、載っていました。
同じようにして、お兄ちゃんは3匹すくいました。
お兄ちゃんは金魚を、透明の小さなビニール袋に入れてもらい、
わたしにくれました。
わたしは、左手の手首にビニール袋をぶら下げました。
「お兄ちゃん、ありがとう」
わたしがそう言うと、お兄ちゃんは得意そうでした。
Hクンをちらっと見ると、悔しそうな顔をしていました。
なんだか、今夜のお兄ちゃんは、いつもより子供っぽく見えました。
「なんか食べるか?
お金預かってるから、いくら食べても平気だぞ」
お兄ちゃんは、焼きトウモロコシを買って、片手で囓り出しました。
Hクンは、林檎飴を買いました。
わたしは、そんなに食べられそうになかったので、姫林檎で出来た、
小さな林檎飴を買って、左手に持ちました。
甘さと酸っぱさが混じった、奇妙な味がしました。
広場に着くと、真ん中の櫓の周りで、大人や子供が、祭囃子に合わせて
踊っていました。
わたしがそれを見ていると、お兄ちゃんが言いました。
「俺たちも踊るか」
「え? ……でも、わたし踊れない」
「前の人を見て、適当に手を動かしながら歩けばいいさ。
ほら、行こう」
わたしは、お兄ちゃんとHクンに続いて、踊りの輪に入りました。
お兄ちゃんとHクンの踊りは、ちっとも揃っていませんでした。
わたしはどちらを真似したらいいか分からず、めちゃくちゃに手を動かしました。
でも、輪を1周する頃には浮かれてきて、このままずっと、
お祭りが続けばいいのに、と思いました。
やがて、わたしたちは踊り疲れて、広場から元の道に戻りました。
3人で手をつないで歩いていると、I兄ちゃんがわたしたちを見つけました。
「なんや、どこ行っとんたんや?
探したんやで」
J兄ちゃんとL姉ちゃんが冷やかしてきました。
「お前らホンマに仲ええなぁ。
手ぇつないでからに」
「○○ちゃん、両手に団子やね〜。
うらやましいわぁ〜」
Hクンが、バッとわたしの手を放しました。
J兄ちゃんが笑いました。
「Hー、お前なに照れてんねん」