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「うーん……まぁ最初はこんなもんだろ」
「お兄ちゃん」
「ん?」
わたしは唇をお兄ちゃんの耳にくっつくほど近づけて、尋ねました。
「もっと……体の動きが単純なのは、ない?
わたし、左右の手を別々に動かしたり、
足と手を同時に動かすのは、どうも苦手みたい……」
「んー……単純ていうと……UFOキャッチャーかシューティングか?」
画面の奥から飛び出してくる悪漢を、コードの付いたピストルで、
バンバン撃ち倒していくシューティングゲームに挑戦してみました。
「見てろよ」
横で見ていると、お兄ちゃんは片手で無雑作にピストルを持ち上げ、
画面に悪漢が出てくるのと同時に撃ち倒していきました。
「パターンがあるからな。慣れると次に出てくる場所が読めるんだ。
よく見て覚えておけよ?」
「うん」
お兄ちゃんがゲームオーバーになるまでは、かなり時間がかかりました。
今度はわたしの番です。
「お前は片手じゃ安定しないから、左手を添えて。
足をもっと開いて腰を落とすんだ」
お兄ちゃんは握り方や立ち方を、手を添えて教えてくれました。
「うん」
さっき見ていて、ある程度まで悪漢の出現パターンを覚えていたので、
わたしでもかなり先の場面まで進むことができました。
終わって振り向くと、横で腕組みして眺めていたお兄ちゃんが、
満足げににやにやしました。
「最初にしてはやるじゃん。
お前はこういうゲームに向いてるのかな? 目つきが違う。
今度は2人でやるか?」
お兄ちゃんはわたしの右側に立って、左手にピストルを握りました。
お兄ちゃんは元々左利きで、左右どちらの手でも自由に使えます。
「お前は画面の左側を頼む」
「うん」
そう言いながらも、実際にはお兄ちゃんが画面の大半をカバーしました。
わたしが狙いを外しても、お兄ちゃんはもう右側の敵を片付けていて、
わたしが逃した敵を始末する余裕がありました。
反射神経がわたしとは段違いでした。
お兄ちゃんとのペアだと、1人でしていたときより先に進めました。
でもそのせいで、ピストルを振り回す両腕がだるくなってきました。
ピストルを水平に持ち上げているのが、だんだん辛くなりました。
人差し指も痺れてきて、左手の指で引き金を絞らなくてはいけませんでした。
終わり近くになって、結局クリアーできなかったのは、
わたしがほとんど撃てなくなっていたからでしょう。
お兄ちゃんは、ピストルをホルダーに戻して言いました。
「まぁ、なかなかいいトコまで行ったな。
もっと練習すれば1人でかなり先まで進めるんじゃないか?」
「……もっと腕力と握力をつけないと、終わりまで持たないみたい。
もう指に力がぜんぜん入らない」
「他のゲームもちょっと見てくか?」
「買い物もしなくちゃ」
後でこっそり1人で来て、練習しよう、と内心思いました。
その後、大勢の人で賑わうデパートで、お正月の買い物をしました。
と言っても、しめ飾りとお餅とお菓子と蛍光管ぐらいのものです。
おせち料理はどうせVの家で食べられるので、作らないことになりました。
わたしはそれまで、おせち料理というものを食べた記憶がなかったので、
お兄ちゃんの手作りおせちを、一度食べてみたかったのですけど……。
自宅に戻って買ってきた物を片付けてから、大掃除をすることになりました。
ふだんから掃除はしていましたが、背の届かない高いところに、
かなり埃が溜まっているようでした。
蛍光灯の交換も、背の高いお兄ちゃんの仕事です。
「順番に蛍光灯替えるから、古いの受け取って新しいの手渡してくれ」
「うん」
わたしは椅子の上に立ったお兄ちゃんの後ろで待機しました。
目の前に、お兄ちゃんのお尻があります。
プリプリしたお尻を見ていると、自分の薄いお尻と比べて、
なんて格好良いんだろう……とうっとりしてしまいました。
「○○? ほら。なに見てるんだ?」
古い蛍光管を手にしたお兄ちゃんが振り向いて、
わたしがお尻を見つめていたのがバレてしまいました。
「う? うん、なんでもない……」
黒ずんだ古い蛍光管を受け取って、新品を手渡しました。
わたしはうろたえて真っ赤になり、お兄ちゃんの顔を見られませんでした。
わたしは内心で自分に、バカバカバカ、と毒づきました。