208:



「徹夜はしていません。夜更かししただけです」

「そう? あなたは無理が利かない体なんだから、気をつけなくちゃ」

「はい」

「それにしても、驚いた」

「はい?」

「よく一晩であれだけ直せたものね。
 正直困ってたんだ。aさんに直してもらう時間はなさそうだったもんね。
 さっそく台本刷り直して前のと交換するつもり。
 今度のにはちゃんとあなたの名前も載せるからね」

「あの……それ、困るんですけど」

「え? どうして?」

「目立ちたくないんです」

「××さん、もっと積極的にならなくちゃ。
 病気だからって引っ込んでちゃ駄目。
 あなたは抜群に成績が良いのに、授業中手を挙げないでしょ。
 みんなにあなたのこと知ってもらう良いチャンスだと思うよ」

先生は、わたしの引っ込み思案が、前から気になっていたようです。

「でも……せっかく書いた脚本を、勝手にわたしが直して、
 aさんは、屈辱を感じるんじゃないでしょうか?」

「aさんは脚本書き上げるのにずいぶん苦労してたもんね。
 でも、あの脚本のままじゃどうにもならなかったんだし、
 aさんも感謝するんじゃないかな?」

どうやら、先生はaさんの裏の顔を、まったく知らないようでした。
aさんが先生の前で猫を被っているのか、先生の性格が豪快なのか……。

まさか、aさんは負けず嫌いだからきっと逆恨みしてくる、
とは言えません。わたしは弱り切ってしまいました。
UもVも、渋い顔をしています。

顔をしかめて黙り込んだわたしに、先生が妥協案を持ち出しました。

「そうねぇ……そんなに気になるんだったら、
 わたしが無理を言ってあなたに書き直してもらったことにしようか。
 あなたは学年一国語の成績が良いんだから、頼んでも不思議じゃないし」

わたしは意外なことを言われて、思わず聞き返しました。

「あの……テストの問題が簡単すぎるんじゃないでしょうか?
 あれなら、満点取れる人は多いと思いますけど」

今度は先生のほうが、呆れた顔になりました。

「……あのねぇ。数学ならともかく、国語で満点取るのは珍しいよ?
 一夜漬けじゃ通用しないしね。こっちが秘訣を聞きたいくらい。
 あなた、月に何冊ぐらい本読んでる?」

「えーと、40冊ぐらいです」

「よんじゅう!?
 わたしも読書量は多いほうだけど、わたしの倍は読んでるじゃない。
 よくそんな時間があるね」

「わたしは先生と違って、仕事してませんから、暇はあります」

「……Uさんは、月に何冊ぐらい読む?」

「わ、わたし? えっと……マンガしか読んでません」

「Vさんは?」

「えーとー、3冊ぐらいですー」

Vは恋愛小説とファンタジーが好きでした。

「やっぱりね。地道に本を読むのが一番か……」

昼休み終了の予鈴が鳴りました。

「じゃ、そういうことで行くから、××さんはビシッとしてなさい。
 午後の授業は受けられる? また放課後にね」

先生はせかせかと保健室を出ていきました。

「○○、いっしょに教室行くか?」

「うん……でも、先のこと考えると、頭痛いね」

「悪いセンセやないねんけどなぁ……。aに目ぇつけられるかもしれんな。
 ○○は1人になったらアカンで? わたしやVといっしょにおり」

「Uちゃんといっしょなら安心だよー」

「うん、ありがと」

身近に味方が居るのが、心強く感じられました。

放課後になって、クラスで文化祭の準備会議が開かれました。
先生は配った台本を回収し、新しい台本を配布しました。
ざわめくクラスメイトたちに、先生が説明しました。

「前の台本も良く出来てたけど、ちょっと長すぎたみたい。
 時間がなかったから、監督として忙しいaさんの代打として、
 ××さんに書き直しをお願いしました。
 ××さん、立って。
 みんな、たった一晩で仕上げてくれた××さんに拍手」

わたしがしぶしぶ立ち上がると、不揃いな拍手の音がしました。
aさんは前の休み時間に職員室に呼び出されて、
先生から言い含められていたらしく、異議は唱えませんでした。

それでも、振り返ったaさんの、燃え上がるような瞳を見ると、
わたしはずーんと心が重くなりました。

全体の打ち合わせが終わって、係ごとに教室の中で分かれました。
Vはaさんたちといっしょに台本の読み合わせです。
その中には、b君も居ました。b君は勇者の役なのです。

わたしとUは、他の大道具係の男子たち3人と輪を作りました。
Uが話を振ってきました。

「台本がみじこうなったんやから、背景のベニヤ板は足りるんやな?」

「まだ足りない」

「なんやて?」


残り127文字