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お兄ちゃんの手に肩を掴まれて、強引に体の向きを変えさせられました。
わたしがとっさに胸を手で隠すと、両方の手首を掴まれて、
左右に広げられました。わたしの力では、まったく抵抗できませんでした。

お兄ちゃんは、わたしの胸元を覗き込みました。
両方の乳首の中間が、赤くなってひりひりしていました。

「赤くなってる!」

お兄ちゃんは血相を変えて、わたしに毛布を巻き付けると、
部屋から駆けだして行きました。

階段をだだだだと駆け上ってきたお兄ちゃんは、
タオルを巻いたアイスノンを、手に持っていました。

アイスノンを胸に当てると、冷たくて良い気持ちでした。
お兄ちゃんがあまり慌てているので、わたしは逆に落ち着いてきました。

「○○、ごめん。救急車呼ぶか?」

「お兄ちゃん、落ち着いて。
 すぐにシャツを脱いだから、大したことない」

「そうか? 痕は残らないだろうな?」

「それより、体操服を漂白剤に浸けないと。
 染みになっちゃう」

「とにかく、お前はじっとしてろ」

お兄ちゃんは、わたしの体操服とシャツを持って、部屋を出ていきました。
わたしは、そのままベッドで横になっていました。

その日は、お兄ちゃんが食事を作ってくれました。
わたしが起きて手伝おうとしても、「寝てろ」の一点張りで、
ベッドから出させてもらえませんでした。

夕食は、甘いクリームシチューでした。
お兄ちゃんが枕元まで小さな土鍋を持ってきて、
レンゲにすくって食べさせてくれました。

毛布にくるまったまま、熱いシチューをふーふー吹いて冷ます
お兄ちゃんを見ていると、自然に笑いがこみ上げてきました。

わたしがくすくす笑うと、お兄ちゃんが眉を寄せました。

「なにが可笑しい?」

「だって、お兄ちゃん、餌をあげる親鳥みたい」

「……まぁ、そんなもんかな。お前は雛鳥か」

やけどの痕は、一晩で消えました。
それから数日、家でお兄ちゃんと、まったりした時間を過ごしました。

制服が出来上がる日が来ました。
わたしはお兄ちゃんと連れ立って、駅前商店街のお店に出かけました。

帰りに喫茶店で休憩して、紅茶を飲みました。
わたしはやっぱり、コーヒーよりは紅茶のほうが好みでした。

家に帰って、さっそく制服に着替えました。
中学校の女子の制服は、襟のないブレザータイプでした。

細いタイを結んで鏡を見ると、Cさんを思い出しました。
やっぱり少し大きめに仕立てたので、少しぶかぶかでした。

お兄ちゃんの部屋に行くと、もうカメラの準備が出来ていました。
お兄ちゃんはわたしの制服姿を、上から下まで眺めました。

「ちょっと、くるっと回ってみてくれ」

わたしがその場でくるりと回転すると、
ボックスプリーツのスカートがふわっと広がりました。

「懐かしいな……」

「Cさんを思い出す?」という台詞を、わたしは呑み込みました。

何枚か写真を撮ってから、お兄ちゃんが言いました。

「今日は天気が好いから、公園に行かないか?」

「公園で写真撮るの?」

「ああ、ちょっと下で待っててくれ」

わたしが玄関で待っていると、高校の制服に着替えたお兄ちゃんが、
照れ笑いしながら下りてきました。

近くの公園まで、お兄ちゃんと肩を並べて歩きました。
手を握りたい、と思って左手をさまよわせていると、
お兄ちゃんは何も言わず、その手を取りました。

公園では、小学生がゴムボールで野球をしていました。
まだ満開になっていない桜の木の下で、お兄ちゃんが写真を撮りました。

子犬を散歩させに来たおばさんが、通りかかりました。
お兄ちゃんがおばさんに声を掛けました。

「すみません。写真を1枚、撮っていただけませんか?」

お兄ちゃんはおばさんにカメラを渡し、代わりに子犬を抱き上げました。
耳の大きいふさふさした子犬で、鳴きもしませんでした。

お兄ちゃんが近寄ってきて、子犬をわたしに差し出しました。

「抱いてみろ」

わたしはおっかなびっくり、子犬を胸に抱きました。
子犬はわたしの顎をぺろぺろ舐めました。
子犬の舌はざらざらして冷たくて、うひゃあ、と思いました。

お兄ちゃんがわたしの肩を抱いて、二人で写真に収まりました。
お兄ちゃんが田舎に帰る日が、すぐ目の前に迫っていました。


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