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担任に話をするために、職員室に向かうUとVに別れを告げて、
わたしは足早に帰り道を急ぎました。
家事を簡単に片付けて、さっそく赤ペン片手に机に向かったものの、
そこから先が難題でした。
冗長な台詞を短くして、場面を整理するといっても、
前後のつながりがおかしくならないように朱を入れるのは、
そう簡単な仕事ではありません。
何度も何度も台本を読み返して、意味の薄い場面転換を削り、
台詞を書き直し、誤字を修正しているうちに、時間の経つのを忘れました。
台本のページが真っ赤になって、やっと終わった……と我に返り、
わたしは自分が恐ろしいほど空腹なのに気づきました。
いつの間にか、もう、真夜中になっていました。
背筋を伸ばそうとすると、固まった背筋と首がごきごき悲鳴をあげました。
立ち上がると空腹のあまり、目がちかちかしました。
何か食べなくては……と、台所に行って、お茶漬けを作りました。
お風呂にも入らず、パジャマに着替えてベッドに入りました。
あっという間に眠りに落ちて、目が覚めたら遅刻ぎりぎりの時間でした。
朝ご飯を食べたり、お弁当を作っている暇はありません。
わたしは牛乳を1本飲んで、家を出ました。
学校に着くと、UとVが教室で待っていました。
「U、おはよう。これ」
鞄から台本を取り出して手渡しました。
「もうできたんか?」
「うん……わたし、眠いから、保健室で寝てくる」
教室に鞄だけ置いて、わたしは保健室に向かいました。
保健室の先生は、入学以来の顔なじみです。
疲れたときや眩暈を起こした時に、よくベッドを借りていました。
「××さん、朝から気分悪いの?」
「はい。学校に着いたら眩暈がしてきて……。
ベッドに横になってよろしいでしょうか?」
寝不足だということは黙っていましたが、嘘はついていません。
「目が赤いね。夜更かししてない?」
あっさり見抜かれていたようでした。
「……どうしても、しなければいけないことがあって……」
「勉強もほどほどに、ね。体壊したら元も子もないよ。
あなたは体強くないんだから」
「はい」
わたしはこそこそと、真っ白いベッドにもぐり込みました。
家で寝る時とは違って、遠くからざわめきが聞こえてきます。
消毒薬のにおいもしますが、気にはなりません。
自宅にいる時より、かえってホッとしました。
うとうとしているうちに昼休みになり、UとVがやってきました。
わたしはベッドの上で、体を起こしました。
「○○、だいじょうぶか?」
「うん……もう頭痛くない」
「朝は顔色悪かったで。だいぶマシになったやん。お昼はどないする?」
「寝てたから、あんまりお腹空いてない。朝、お弁当作る暇なかったし。
購買でパンと牛乳買おうかな」
「わたしのお弁当半分あげるよー」
Vがお弁当の包みを解きはじめました。
「……ここで食べても良いのかな?」
机で何か書き物をしていた先生が、口を挟みました。
「大きな声を出さないならね。急病人が来たら、話は別だけど」
「はい」
丸椅子を持ってきて、UとVがベッドの脇に腰を下ろしました。
「台本のことやけどな。担任に渡したら、あれでOKやて。
ようできてるてビックリしてたで」
Uは自分のことのように、得意そうに語りました。
「そう、良かった」
「そやけど、台本にはaとアンタの名前を並べる言うてた。
aが恥かかされたいうて逆恨みせんかったらエエけどな……」
「え?」
それは予定にありませんでした。
「わたしの名前は、出さないほうが良いと思うけど……」
「わたしもそう言うたんやけどな……。
教師が露骨に出し物の手助けしたらアカンらしいわ。
台本が半分になったら、ほとんど別物やん。
劇は投票でグランプリ決めるから、
他のクラスから不公平やて難癖つけられるかもしれへん」
「困ったね……。直しててわかったけど、書き直すより、
一から書くほうがずっと大変。
書いた人からしたら、自分の文章が人に切り刻まれてるみたいで、
気分悪いと思う」
「担任がアンタの見舞いに来る言うてたから、
話してみたらどないや?
どうせ昼休み終わるまでここにおるんやろ?」
「うん」
お弁当を食べ終わった頃に、担任が保健室に入ってきました。
「××さん、大丈夫? 徹夜したって聞いたけど」
どうも、Uが脚色して話していたようです。