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わたしは反射的に腕を伸ばして、Uの手から包みを奪い取り、
胸に抱え込みました。
「うわ……! なにするんや」
Uが小さな悲鳴を上げて、のけぞりました。
Vも驚いて目を丸くしています。
わたしは決まり悪くなって、ぼそぼそと弁解しました。
「……これは、わたしのモノでしょ?」
「アンタなぁ……そんなに焦らんでも誰も盗らへんて」
「○○ちゃんすごいー、手が早くて見えなかったよー」
「それより、なにが入ってるんか早う確かめぇな」
わたしはしゃがみ込んで、膝の上で丁寧に包み紙をほどきました。
中から出てきたのは、少し厚みのあるカードサイズのポケットベルと小冊子、
それに手紙でした。
ポケットベルには1行表示のディスプレイがあって、
数字や文字を表示できるようになっています。
手紙には、新しい住所と、お兄ちゃんの持っているもう一つのポケットベルの
番号が書いてありました。
これが、お兄ちゃんとわたしを繋ぐ、見えない絆になる、と思いました。
「○○……『お兄ちゃん』が家を出ていったそうやな」
ポケットベルに心を奪われているわたしに、
Uが声をかけてきました。
「うん……」
「なんでかは教えてくれへんかったけど、家出を勧めたんはアンタやて?
なんでやの?
アンタがそんなこと言うやなんて、とても信じられへん……」
Vも同感なのでしょう、不思議そうな面持ちをしています。
父親の一件を話さなければ、二人とも納得しそうにありません。
わたしはUとVをうながして、病院のそばにある喫茶店に入りました。
椅子に腰を下ろし、それぞれドリンクを頼んでから、
わたしは思い切って二人に切り出しました。
「あのね……二人に、聞いてほしいことがある」
わたしの声はその時、かすかに震えていたかもしれません。
わたしのただならぬ態度から何かを察したのでしょう、
二人とも真剣な顔つきで耳を傾けてくれました。
そして、前回の退院のいきさつを聞くうちに、顔色が変わってきました。
不意にUが「しっかりし、しっかりし」と言いながら、
わたしの肩を揺すりました。
「あ……あれ?」
いつの間にか、自分の肩がぶるぶる震えています。
震えを止めようと手で押さえると、その腕までが震えはじめました。
歯がカチカチ鳴って、一語一語噛みちぎるようにしないと、
言葉を口から押し出せません。
「お父…さんが……わたしを……『廃人』……だって……」
「もうええから! もう喋らんでええから!」
Vは黙って、わたしが落ち着きを取り戻すまでずっと、
後ろから抱きしめてくれました。
冷めたコーヒーを飲みながら、Uが気遣わしげな声を出しました。
「……だいたいの事情はわかった。
アンタを見放した親を『お兄ちゃん』は見放したわけやな。
けど……○○はそれでホンマにええんか?」
Vはもう、泣き出す寸前の表情でした。
けれど、わたしの瞳は渇いたままでした。
「うん……それでいい。わたしはまだ出て行けない。
でも、お兄ちゃんは、ひとりでも出て行くべきだと思う。
前みたいに遠くじゃないし……元気になったら会いに行ける」
飛行機に乗って会いに行くことを思えば、なんでもありません。
「そうか……わたしらにできることがあったら、なんでも言うてな」
首が千切れそうなほど激しく、Vがうなずきました。
「お兄ちゃんに会いに行くとき、もしアリバイが必要になったら、
お願いするかも」
「まかしときっ」
「もちろんだよー」
二人とも、わたしに残された、かけがえのない味方でした。
帰宅したわたしを待っていたのは、夕食の席での詰問でした。
食事中ずっと、お兄ちゃんの居場所の手がかりはないかと、
父親に問い詰められました。
わたしの答えは決まっていました。
エンドレステープを流しているかのように、同じ言葉を繰り返し、
首を横に振るだけです。
「知らない」
根負けした父親がやっと口を閉じると、わたしは顔を伏せたままで
ほくそ笑みました。