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「なにか悩み事?」
手すりにもたれているj君の隣で、わたしも頬杖を突きました。
「う〜ん、悩みと言えば悩みかな」
わたしの目には完璧に映るj君に悩み事があるというのは、意外でした。
「よかったら聞く」
「…………」
屋上は風が強く、わたしは目を細めました。
返事を期待せずに、待っていました。
「なんて言ったらいいんだろう?
人間関係はむずかしい……ってこと」
「抽象的ね」
「これは秘密にしてほしいんだけど……」
「もちろん」
「俺、女性恐怖症みたいなんだよね」
「は?」
「大勢だと気にならないんだけど、女の子と二人っきりになると……駄目だ。
頭に血が上って訳がわからなくなる」
至極真剣そうな声でした。
「……真面目に言ってる?」
「ホントだって。あ……そういうことか」
わたしに失礼な物言いだったと気が付いたようです。
「例外があるんだ。姉貴と××さんだったら平気なんだよ。不思議と。
姉貴は最初から女とは見てないし。
××さんは、その……女女してないというか、中性的というか……」
「色気が皆無だと言いたいわけね」
「ごめん。女を感じない、と言ったら言い過ぎかな」
怒って然るべき場面でしたが、わたしにも思い当たるふしがありました。
「そうね。わたしも、j君には特別なモノがあると感じてた」
「特別?」
「今気が付いたんだけど。
j君って、いやらしい感じがしない。ぎらぎらしてない、って言うのかな。
男とか、女とか、そういうものを超越しているみたいに見える」
面白そうに笑いながら、j君が横目でわたしを見ました。
「それは××さんも同じなんじゃない?
女子の噂話からいつも超然としてるし、男には興味ありません、って感じがする」
「そうかな」
j君にお兄ちゃんの話をしたら、どんな顔をするだろう、と一瞬思いました。
言えるわけがありません。
「まっ、悩みってほどじゃなかったな。
今のところ忙しくて彼女作るどころじゃないしね」
「選挙、勝てるといいね」
「勝てるさ」
「ふふっ」
ふいに可笑しくなりました。
聡明で、いつも自信たっぷりに見えるj君に、こんな弱点があったなんて。
「笑うなよ」
拗ねたように、j君がそっぽを向きました。
「ごめんなさい。でも、意外だった。j君は完璧だと思ってたから」
「俺が完璧? 冗談」
冗談ではありませんでした。
j君は抜群に頭が切れました。自慢しなくても、話せばわかります。
それだけでなく、人の輪に入ると自然に中心になっていました。
人見知りするわたしにとっては羨望すら覚えるほどに。
「j君は頭が良いけど嫌味じゃない。誰からも信頼されてる。話すのも上手い。
もちろん落語も。わたしなんか、発表会のことを考えると気が遠くなりそう」
2学期に入ると文化祭があります。
落研の新入生は、その時に発表会で前座としてデビューする慣わしでした。
「まだ、時間はある。夏休みには合宿もある。頑張ろう」
夏休みに1週間泊まりがけで合宿をするのも、落研の伝統でした。
「想像しただけで、息が止まりそうにどきどきする」
「実は……俺もなんだ」
これは冗談だったのかもしれません。j君は声を上げて笑いました。
この時、わたしとj君は、紛れもなく同志でした。
「……ということがあったの。お兄ちゃん、聞いてる?」
パフェ越しに見えるお兄ちゃんの表情は、上の空に見えました。
「ん、聞いてる。j君は……ちょっと変わってるな」
「うん」
久しぶりにお兄ちゃんと喫茶店に来ていました。
学校での出来事を話すと、お兄ちゃんはなにやら物思いにふけっているようでした。
中断を余儀なくされた自分の高校生活を思い出していたのかもしれません。
「しかしまあ……お前が落語とはなあ……」
お兄ちゃんが改めて、呆れたようにつぶやきました。
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