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「お前なぁ……裏庭の木の伝説、聞いたことないのか?」
疲れ切ったようなお兄ちゃんの声に、わたしは不安になってきました。
わたしには、何か重大な知識の欠落があるようです。
「わたし、友達居ないから、噂話したことない」
わたしが縮こまると、お兄ちゃんが慌てたように言いました。
「そっか、それじゃ仕方ないな。
しかし……肝心な時に何も言えないんじゃ、
R君はどうしようもないぞ。
そんな情けないヤツのことなんか気にすんな!」
わたしは驚きました。お兄ちゃんが人の悪口を言うなんて……。
「……お兄ちゃん、R君と話したことないでしょ?
どうして、知らない人に、そんな酷いこと言えるの?」
「…………ごめん」
お兄ちゃんは口をつぐみました。
「R君は、喋らないけど、優しいと思う。
わたしが泣いてる時、慰めてくれたし」
「えっ? お前、誰に泣かされたんだ? いじめられてるのか?」
お兄ちゃんの視線が鋭くなったので、今度はわたしが慌てました。
「違う。初詣の時、仲の良い親子見てたら、
なんだかわからないけど、涙が出てきちゃって……」
両腕が伸びてきて、脇の下を掴まれ、ぐっと引き寄せられました。
お兄ちゃんの膝に乗せられて、抱き締められました。
すごい力で、胸がつぶれそうでした。
「お兄ちゃん……痛い」
お兄ちゃんの腕の力が緩みました。
その代わりに、お兄ちゃんの首に腕を回して、かじりつきました。
お兄ちゃんの手のひらが、ゆっくりわたしの背中を撫でました。
「お前には、兄ちゃんが居るだろ?」
「うん」
わたしはお兄ちゃんの首に顔を埋め、うなずきました。
「いつも、ひとりで泣いてたのか?」
「いつもは泣かない。ホントに、たまにだよ」
「今、泣いても良いんだぞ」
「今は、お兄ちゃんが居るから、泣きたくならない」
お兄ちゃんに抱かれて、体温を感じて、髪や背中を撫でられていると、
体中の緊張が抜け落ちていくようでした。
熱に浮かされたように、自然に声が出てきました。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「大好き」
「うん。俺も、いつだって大好きだ」
わたしは、たった今、ここで死んでも良い、と思いました。
全身が熱くなって、自分の心臓の音が耳元で大きく響きました。
R君への疑問のことは、すっかり頭から消えていました。
わたしは、赤ん坊のように、お兄ちゃんの首筋に吸い付きました。
「ぐごがはは」
お兄ちゃんの腕がわたしの肩を掴んで、体を遠ざけました。
「んはははそれはダメだ。くすぐったい。
……なんか今日の○○は、猫みたいだな」
身を引き離されたわたしが体を硬くしていると、
お兄ちゃんの指が顎の下をくすぐりました。
わたしがたまらず首を上げると、お兄ちゃんの顔がゆっくり近づいて来ました。
わたしがお兄ちゃんの瞳を見つめ返すと、こう言われました。
「目をつぶれ」
わたしは目をつぶって、待ちました。
いきなり、鼻の頭を、ぬるりとした感触が通り過ぎました。
驚いて目を開けると、お兄ちゃんが爆笑しました。
「あはははははは! お返しだ」
お兄ちゃんの唾液の匂いがして、わたしは顔をしかめました。
「くさい」
「お前は猫なんだろ? だったら『にゃあ』と言え」
「……にゃあ」
二人とも、少し頭がおかしくなっていたようです。
「ほれほれ」
お兄ちゃんが、右手の人差し指を、わたしの口元に持ってきました。
わたしは、その指を舐めたり、吸ったり、歯で軽くがじがじしました。
「あははは、可愛いな。ホントに猫みたいだ」
お兄ちゃんは指を抜いて、わたしの背中と膝の裏に腕を回しました。
この時、お兄ちゃんはわたしより30センチ以上背が高く、
体重もわたしの2倍以上ありました。
わたしはお兄ちゃんに抱っこされて、そのままお兄ちゃんの部屋に
運ばれました。
お兄ちゃんはわたしを下ろして、ワイシャツとズボンと靴下を脱ぎ、
ベッドに上がりました。
お兄ちゃんはトランクスだけで、アンダーシャツは着ていませんでした。
「おいで」
「にゃあ」
ワンピースと靴下を脱ぎ捨てて、わたしもベッドに上がりました。
まだブラを着けていなかったので、アンダーシャツとショーツだけでした。
わたしはお兄ちゃんが伸ばした右腕に頭を乗せ、丸くなりました。