239:
わたしはご飯も食べずに、そのまま二度寝することにしました。
お兄ちゃんの枕からは、かすかに残り香がしました。
年の初めから、こうして自堕落に夕方まで寝ていると、電話の音で起こされました。
わたしは腫れた目蓋をこすりながら、階段を下りました。
「……もしもし……」
「おめでとー!」
こういう時に聞くにはテンションの高過ぎる、Vの声でした。
「え?」
「○○ちゃん寝ぼけてるー? お正月の挨拶だよー?」
「……年始の挨拶なら、神社でしなかったっけ?」
「挨拶だから何回言ってもいいんだよー」
「そう?…………あけましておめでとう」
「まだ来ないのー? みんな待ってるよー」
「……ちょっと……待ってて……お風呂に入って、目を覚ましてから」
実際に寝惚けていたのでしょう。
電話を切って、給湯器のスイッチを入れて、浴槽にお湯が溜まるまで、
その場でじっと待っていました。
肩までお湯に浸かってやっと、鈍っていた思考が回転を始めました。
そう言えば……お正月にはVの家に遊びに行く、と約束してしていました。
特に感慨もなく、じゃあ、行かなきゃ、と思いました。
お湯に浸かっただけで、シャンプーもしないで上がりました。
脱衣所に出て、着替えを用意していなかったことに気づきました。
汚れた下着をもう一度身に着ける気にならなくて、
そのまま自分の部屋に向かいました。
コートで着ぶくれしたわたしがVの家に着くと、UもYさんもXさんも揃っていました。
「こんにちは。お兄さんは?」
家の人でもないのに玄関に出迎えに来たYさんが、
きょろきょろと視線をわたしの背後に動かしました。
「あけましておめでとうございます。お兄ちゃんは……田舎に帰りました」
「あ、そうなの? いっしょかと思ってた」
二間通しの和室に通されて、立派なちゃぶ台を大勢で囲みました。
ちゃぶ台には、おせち料理が並んでいました。
「召し上がれ」
Vのお母さんに勧められて、見慣れない料理に箸を伸ばしました。
しっぽが生えた小芋(クワイ)をしっぽごと食べてしまいました。
「茎は食べないほうがいいわ」
Vのお母さんが、嘲笑でない笑みを浮かべて、小声で教えてくれました。
わたしはそれまで、おせち料理を食べたことがなかったのです。
わたしは真っ赤になって周りを見回しました。
幸い、ほかにはだれも見ていなかったようでした。
栗きんとんを食べながら、Uが感慨深げに言いました。
「早いもんやなぁ。2人が3人になって、もう9ヶ月になるんやなぁ」
「ずーっと前から3人だったみたいな気がするー」
「……うん、そうだね。とても不思議。」
「あっという間やったけどなぁ……
小学生の頃より時間経つんが早なった気せぇへんか?」
「でも、昔を振り返るなんて、おばさんみたい」
「なんやて!」
「ごめん。これが大人になった、ってコトかな?」
黙って聞いていたYさんが、口を挟みました。
「俺もやっぱり、中学の頃はUみたいに思ったよ。
今になって思うと、その頃が一番青春だったような気がするなぁ……。
悔いのないように、今を精一杯生きて欲しいな」
「オジンくさ〜。そういうコト言うんはオジンやで」
「あはははー。校長先生みたいー」
「くっ…………」
Yさんは悔しそうに目を潤ませて、沈黙しました。
わたしは黙ってそんなやりとりを見ていて、ああ、こういうのも悪くない、
と目を細めました。
胸にはまた、ぽっかりと大きな穴があいていましたけど、
1年前のように、ただぼんやりとしているのは、UやVが許してくれません。
わたしはVのお母さんに、食材や料理の名前をこっそり訊きながら、
手作りのおせち料理を堪能しました。
こうしてVやUの家に入り浸っているうちに、冬休みは逃げるように去っていきました。
そして新学期を迎えた朝、わたしは心身の変調を感じました。
胸が突っ張るような感じがして、妙におぼつかない気分でした。
久しぶりに登校するせいだろうか、と思いましたけど、さぼるわけにはいきません。
朝の教室では、クラスメイトたちは口々におめでとうと言い合っていました。
わたしは、床に塗られたばかりのワックスの匂いに吐きそうでした。
わたしが下を向いてこらえていると、Uが近づいてきました。
「○○、おはよ……どないしたんや? 顔色真っ青やないか」
「……うん、気持ち悪い」
「保健室行くか?」
「……新しいワックスのせいだと思う。我慢できる」
でも、変調はそれだけでは終わりませんでした。
おじん...
2017-04-18 17:04:35 (7年前)
No.1