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わたしはご飯も食べずに、そのまま二度寝することにしました。
お兄ちゃんの枕からは、かすかに残り香がしました。

年の初めから、こうして自堕落に夕方まで寝ていると、電話の音で起こされました。
わたしは腫れた目蓋をこすりながら、階段を下りました。

「……もしもし……」

「おめでとー!」

こういう時に聞くにはテンションの高過ぎる、Vの声でした。

「え?」

「○○ちゃん寝ぼけてるー? お正月の挨拶だよー?」

「……年始の挨拶なら、神社でしなかったっけ?」

「挨拶だから何回言ってもいいんだよー」

「そう?…………あけましておめでとう」

「まだ来ないのー? みんな待ってるよー」

「……ちょっと……待ってて……お風呂に入って、目を覚ましてから」

実際に寝惚けていたのでしょう。
電話を切って、給湯器のスイッチを入れて、浴槽にお湯が溜まるまで、
その場でじっと待っていました。

肩までお湯に浸かってやっと、鈍っていた思考が回転を始めました。
そう言えば……お正月にはVの家に遊びに行く、と約束してしていました。

特に感慨もなく、じゃあ、行かなきゃ、と思いました。
お湯に浸かっただけで、シャンプーもしないで上がりました。

脱衣所に出て、着替えを用意していなかったことに気づきました。
汚れた下着をもう一度身に着ける気にならなくて、
そのまま自分の部屋に向かいました。

コートで着ぶくれしたわたしがVの家に着くと、UもYさんもXさんも揃っていました。

「こんにちは。お兄さんは?」

家の人でもないのに玄関に出迎えに来たYさんが、
きょろきょろと視線をわたしの背後に動かしました。

「あけましておめでとうございます。お兄ちゃんは……田舎に帰りました」

「あ、そうなの? いっしょかと思ってた」

二間通しの和室に通されて、立派なちゃぶ台を大勢で囲みました。
ちゃぶ台には、おせち料理が並んでいました。

「召し上がれ」

Vのお母さんに勧められて、見慣れない料理に箸を伸ばしました。
しっぽが生えた小芋(クワイ)をしっぽごと食べてしまいました。

「茎は食べないほうがいいわ」

Vのお母さんが、嘲笑でない笑みを浮かべて、小声で教えてくれました。
わたしはそれまで、おせち料理を食べたことがなかったのです。

わたしは真っ赤になって周りを見回しました。
幸い、ほかにはだれも見ていなかったようでした。

栗きんとんを食べながら、Uが感慨深げに言いました。

「早いもんやなぁ。2人が3人になって、もう9ヶ月になるんやなぁ」

「ずーっと前から3人だったみたいな気がするー」

「……うん、そうだね。とても不思議。」

「あっという間やったけどなぁ……
 小学生の頃より時間経つんが早なった気せぇへんか?」

「でも、昔を振り返るなんて、おばさんみたい」

「なんやて!」

「ごめん。これが大人になった、ってコトかな?」

黙って聞いていたYさんが、口を挟みました。

「俺もやっぱり、中学の頃はUみたいに思ったよ。
 今になって思うと、その頃が一番青春だったような気がするなぁ……。
 悔いのないように、今を精一杯生きて欲しいな」

「オジンくさ〜。そういうコト言うんはオジンやで」

「あはははー。校長先生みたいー」

「くっ…………」

Yさんは悔しそうに目を潤ませて、沈黙しました。
わたしは黙ってそんなやりとりを見ていて、ああ、こういうのも悪くない、
と目を細めました。

胸にはまた、ぽっかりと大きな穴があいていましたけど、
1年前のように、ただぼんやりとしているのは、UやVが許してくれません。

わたしはVのお母さんに、食材や料理の名前をこっそり訊きながら、
手作りのおせち料理を堪能しました。
こうしてVやUの家に入り浸っているうちに、冬休みは逃げるように去っていきました。

そして新学期を迎えた朝、わたしは心身の変調を感じました。
胸が突っ張るような感じがして、妙におぼつかない気分でした。
久しぶりに登校するせいだろうか、と思いましたけど、さぼるわけにはいきません。

朝の教室では、クラスメイトたちは口々におめでとうと言い合っていました。
わたしは、床に塗られたばかりのワックスの匂いに吐きそうでした。
わたしが下を向いてこらえていると、Uが近づいてきました。

「○○、おはよ……どないしたんや? 顔色真っ青やないか」

「……うん、気持ち悪い」

「保健室行くか?」

「……新しいワックスのせいだと思う。我慢できる」

でも、変調はそれだけでは終わりませんでした。


おじん...
2017-04-18 17:04:35 (1年前) No.1
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