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運動会の翌日は、休養のためか、学校がお休みでした。
わたしは疲れ切っていて、昼前までずっと寝ていました。
起きようとしても、全身の筋肉痛とだるさで動けませんでした。

午後になって、体を引きずるようにして台所に行き、
買い置きのパンと牛乳で軽い食事を摂って、またベッドに入りました。

再び目が覚めると、すっかり暗くなっていました。
まだだるさが酷くて、体がマットレスに沈んでいくようでしたが、
無理やりに起き出しました。

掃除も洗濯もせず、机に向かいました。
昨日のことを、どうしても手紙に書いて送らなければなりません。

前と同じように「お兄ちゃん、お元気ですか?」で書きだして、
応援の旗を作った事、先生に写真を撮ってもらった事、
先生とお昼を食べた事、応援合戦でみんな一緒に踊った事、
徒競走で初めてビリでなかった事、旗を折った下級生を慰めた事を書きました。

最後に、机の上の写真立てを見ながら、
「たまにはお兄ちゃんの声が聞きたい」と締めくくりました。

便箋を折って白い封筒に入れ、速達料金込みの切手を貼り、
表書きに大きく「速達」と書きました。
わたしは、明日の朝、登校の途中に郵便ポストに入れようと思いながら、
ベッドにもぐり込みました。

朝になって目覚めても、まだ体の重さは取れていませんでした。
まるで、鉛を全身に流し込んだようでした。
でも、病気ではないと思っていましたし、手紙を出さなくてはいけません。

わたしは、這いずるように起き出して、服を着替え、登校しました。
途中の郵便ポストに手紙を投函した頃から、脇腹が鈍く痛みだしました。
早く学校に行って座りたいと思いましたが、速く歩けませんでした。

学校に着くと、わたしは自分の席に座って、机に突っ伏しました。
授業が始まって頭を上げると、体がぐらぐらしました。
授業が終わらないかと思うぐらい、時間の流れがゆっくりしていました。

お昼休み、初めてわたしは給食を残しました。
それまで、食べないと大きくなれないと思って、嫌いなおかずの時でも、
一度も残したことはありませんでした。

運の悪いことに、5時間目の授業は体育でした。しかも、徒競走です。
見学しようかと思いましたが、熱もなく、意識もはっきりしているのに、
疲れているだけでは理由にならない、と思い直しました。

それに、今日はタイムを計るので、欠席すると後で居残りになります。
一昨日と同じように6列になって、順番を待ちました。
わたしの列の順番が来て、先生がスタートの合図の旗を揚げました。

走りだすと、脇腹の鈍い痛みが、激痛に変わりました。
コースの半分も行かないうちに、わたしは走れなくなりました。
その場に立っていることさえできず、わたしは体を二つに折りました。

わたしが地面に這いつくばっていると、先生が走って来ました。

「○○さん、大丈夫?」

わたしは返事をしようと顔を上げました。

「……せん、せい。さむい」

悪寒で全身に鳥肌が立っていました。
差し伸べられた先生の腕を掴むと、異様な熱さを感じました。
驚いて自分の手を見ると、爪が紫色に変わっていました。

「あなた、手が冷たいじゃない!」

先生の顔色が変わりました。
わたしは先生に肩を抱かれて、保健室に連れて行かれました。
先生が、どこかに電話を掛けていました。

「○○さん、返事できる?」

「……はい」

「誰も電話に出ないんだけど、お父さんとお母さん、
 何時ぐらいに帰ってくるかわかる?」

「……わかりません」

「……じゃあ、先生と一緒に病院に行きましょう」

「先生。わたし、病気なんですか?」

「……わからないから、検査してもらわないとね。
 先生が一緒だから、安心して」

先生の車に乗せられて、病院に向かいました。
急な坂道を登り始めたので、先生に聞きました。

「学校医の先生の所じゃ、ないんですか?」

「あ、学校医の先生はちょっと留守みたい。
 こっちの方が、設備が良いしね」

着いたのは、山の中腹にある、大きな総合病院でした。
保険証がありませんでしたが、学校に提出していた保険証のコピーを、
先生が持ってきていました。

だいぶ待たされるかと思いましたが、先生が受付で話をして、
順番を飛ばしてもらいました。
わたしは、紙コップを持たされて、トイレで尿を採るように言われました。

個室に入ると、洋式便器でした。
わたしは冷たい便器に腰を下ろし、おしっこが出てくるのを待ちました。
今日は朝からトイレに行っていないのに、なかなか出てきません。

やっと出てきた尿は、血の色をしていました。
わたしは思わず、「先生!」と叫び声を上げました。


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