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バスの中で、わたしは一番前のシートに座りました。
本当は後ろのほうの席でしたが、乗り物酔いするかもしれないと漏らしたら、
先生が席を替えさせてくれたのです。
でも、緑の増えてくる外の景色を楽しむ余裕はありませんでした。
バスの揺れは思ったより激しく、旅館に着く頃には、ふらふらになっていました。
他の生徒が外で整列しているなか、わたしは先に部屋に案内されました。
一夜の宿舎となる旅館は和風で、ずいぶん古ぼけて見えました。
今時こんな設備でお客はくるのだろうか、と思いましたが、
学校の林間学校や合宿向けに、立地がちょうど良かったのかもしれません。
男子の部屋は2階、女子の部屋は1階に集められていて、
男子が女子の部屋に行かないように、階段の側に引率教師の部屋がありました。
旅館の廊下は板張りで、うちのクラスの女子の部屋は広々とした和室でした。
仕切りのふすまが取り払われて、二間続いた大広間になっていました。
ここは男子禁制の女の園です。
久しぶりの本格的な乗り物酔いに、胸がむかむかしていたわたしは、
ジャージのまま布団に寝かされました。
ふかふかの布団に身をゆだねて、しばらくぐったりしていると、
どかどかとクラスの女子たちの入ってくる音がしました。
「大丈夫かぁ?」
目蓋をあけると、UとVが枕元に立っていました。
「うん」
「まぁ、これから外で遠足やしな……アンタはのんびり寝とり。
お土産に木の実でも採ってきたるわ」
けだるい頭で想像してみました。
どうしても、あやしげなモノを食べさせられそうな気がしました。
「いらない……」
「そうだよー。お見舞いにはやっぱりお花だよー」
花なら、見ているぶんには無害でしょう。
「ありがとう……」
「ねー?」
「ちっ……アンタ、友達を差別するんやな?」
「いってらっしゃい……」
騒がしい中学生たちがみんな外に出て、遠足に出発してしまうと、
旅館全体が静まり返りました。誰も居なくなったかのようでした。
1時間ほど横になっているうちに、気分が良くなってきました。
大広間は広すぎて、たったひとりで寝ているには寂しすぎました。
わたしは意味もなくふかふかの布団を出て、畳の上をごろごろ転がりました。
草のような、青い畳の匂いがしました。
部屋の端まで転がって、乱雑に置かれたバッグの山に当たりました。
がさ、という音が聞こえました。
どうやら、禁止されているお菓子を持ってきた生徒がいたようです。
端から端まで転がって往復すると、さすがに疲れました。
わたしは馬鹿なことをした、と自嘲しながら、もう一度布団に入りました。
そのまま昼寝していると、クラスメイトたちが帰ってきて夕食になりました。
騒がしすぎても、やっぱり人が居たほうが良い、と思いました。
夕食の後は、クラスごとに時間と順番を決めて入浴です。
わたしは小学校の修学旅行に参加できなかったので、
大勢のクラスメイトたちと一緒にお風呂に入るのは、これが初めてでした。
着替えとタオルを持って大浴場への長い廊下を歩きながら、
わたしは平静を装っていましたが、内心ではどきどきしていました。
入浴時間が限られているので、服を脱ぐのにぐずぐずしてはいられません。
周りを見ないようにして、わたしは手早く服を脱ぎ捨てました。
ガラス戸を開けて一歩進み、すぐに回れ右して脱衣場に戻りました。
中にいた全員が、タオルを持ち込んでいるのがわかったからです。
わたしはタオルで前を隠して、なにくわぬ顔で再び浴場に入りました。
大きな湯船に浸かっている子、体に泡を立てている子、
湯船の縁に腰掛けておしゃべりしている子、みんなが振り向きました。
わたしが見回すと、なぜかほとんどの子が目を逸らしました。
湯船に浸かっていたVが、手を振ってわたしを呼びました。
Uは入浴の組が違っているのか、姿が見えませんでした。
先に体を軽く流してから、湯船に入りました。
「V、のぼせない?」
Vの肌はピンク色を通り越して赤みを帯びていました。
「ふにゃー。気持ちいいよー。天国だよー」
だらけきったVは、クリスチャンにしては不謹慎なことを言いながら、
足を絡めてきました。
わたしは「もう」と言いながら、Vの伸ばした足の上に座りました。
Vとは前にも一緒にお風呂に入ったことがありましたが、
間近で見ると、やはり立派な胸でした。
周りを見回して、予想もしていなかったものが目に入りました。
意外にも、わたしより小さな胸のクラスメイトが居たのです。
それに、陰毛が生えていないのは、わたしだけではありませんでした。
わたしは内心ほくそ笑みながら、Vに声をかけました。
「背中流しっこしようか?」
「しよーしよー」