122:



頭からすーっと血の気が引いていくのが、自分でわかりました。
わたしの視線を目で追って、お兄さんも気が付いたようです。

「あ」

短く声を上げて、お兄さんの顔が青くなっていきました。
Uが入り口を通って、わたしたちのテーブルに歩いてきました。

Uの顔は、興奮で真っ赤に染まっていました。
何か言葉を掛けようと思っても、喉から声が上手く出てきません。

3人は、互いに見つめ合いました。
均衡を破ったのは、歯ぎしりするような途切れ途切れの声でした。

「……アンタら……付き合うてたんか……
 ……2人掛かりで……騙してたんやな……」

Uは興奮しすぎて、思うように息継ぎができなくなっていたようです。
拳を握りしめ、大きく肩が上下していました。

わたしは、お兄さんにちらりと目をやりました。
真っ青な顔で、口を利けなくなっているようでした。
Uの様子がただごとでないのが、わかっているのでしょう。

頭に血が上ったUと、血の気の無くなったお兄さんを前にして、
わたしの心は逆に落ち着きを取り戻しました。
取り乱している姿を目の当たりにすると、醒めてしまうのです。

今すぐ何とかしないと、Uがテーブルをひっくり返して暴れ出す。
……と、わたしの心がごく近い未来の予測を弾き出しました。

わたしはすっと立ち上がって、正面からUを抱き締めました。
反射的にのけぞって逃げようとする、Uの背中に腕を回し、
左右の手で首の後ろと背中を撫でながら、呪文を囁きました。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

Uは混乱したのか、初めのうち身を硬くしていましたが、
やがて唖然としたように、体の力が抜けていきました。

「U、聞いてくれる?」

「……な、なんや?」

「お兄さん、Uは誤解してます。
 ナイショにする約束、破っていいですか?」

「あ……あ……ああ、こうなってしもたらしゃーない」

お兄さんは、観念したようです。

「U、お兄さんに頼まれて黙ってたけど、
 あなたに隠れてお兄さんと会ってた。ごめんなさい」

わたしの腕の中で、Uの体がびくりと跳ねました。

「でも、付き合ってたんじゃない。安心して。
 写真のモデルにならないか、って頼まれただけ」

「……なんやて?」

Uの剣呑な声が、お兄さんに向けられました。

「一緒にコミケに行って、コスプレの写真を撮りたい、って」

「あ〜に〜ぃ〜っ! それ、どういうコトや?」

「あ、いや、なんだ……○○ちゃんが、イメージに合う思うて」

「わたしに内緒で、わたしの友達を、悪の道に引きずり込むっちゅうんか?」

「あ、悪て、そらオーバーやで……」

「U、落ち着いて」

「心配いらん。アンタに抱き付かれたらびっくりしてしもうて、
 怒る気が抜けてしもたわ。って…………!」

ふと周りを見回して、他の客の視線が集中しているのに気づいたようです。
席のあいだの通路で少女がぴったり抱き合っていれば、注目されて当然です。
Uはあわてて、わたしの体を引き剥がそうとしました。

「暴れないと言うまで、離れない」

「わかった! せやから離れ!」

ようやく3人とも席に着いて、話し合う体勢になりました。

「なぁU。なんでそんなにコスプレを嫌うねん?
 趣味なんやから、別にエエやん?
 お前かて、昔はオレの後に付いてコミケ行ったやないか」

「……兄ぃ。忘れたんか?
 わたしをくっさい気色悪い男ばっかりんトコにほったらかして、
 女の子の後ばっかり追いかけ回したんを。
 二度とあんなトコ行くか!」

「…………」

お兄さんはUの剣幕に圧倒されたようでした。
Uの矛先が、わたしのほうに向きました。

「だいたいなー。○○、アンタもアンタやで。
 こんな訳ワカラン男の誘いにホイホイ乗ったらアカン」

「さっき、はっきり断った」

「あ……そうやったんか。兄ぃ。振られたなぁ。きしししし」

「うるさい!」

「……友達が兄ぃの毒牙にかかるぐらいやったら、
 いっそわたしが犠牲になる。兄ぃの専属モデルになったるわ」

「え……ホンマか?」

「その代わり、モデル料は高いでぇ」

「お前、兄貴から金取るんか」

「金とは限らんけどなぁ。それに、わたしを騙したんはまだ許してへんで。
 ○○は被害者みたいやから、許したるけどな。
 兄ぃには、家に帰ってからゆーっくり反省してもらうでぇ」

わたしは見かねてUをたしなめました。

「U……暴力は……」

「安心し。死なせたら元も子もないさかいな。手加減する。
 さ、帰ろか、兄ぃ」

Uに引きずられて行くお兄さんを見送りながら、
わたしは心の中でお兄さんに詫びました。お兄さん、ごめんなさい。
そのあと、お兄さんがどんな目に遭ったのかは、怖くて聞けませんでした。


カオスww
2018-09-02 22:57:18 (19日前) No.1
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