123:
翌日の教室で、わたしはおそるおそる尋ねました。
「U……お兄さん、生きてる?」
「死ぬわけないやん!」
「良かった……今のは冗談」
「マジな顔して怖いこと言わんといて」
「ねーねーお兄さんがどうしたのー?」
脇で聞いていたVが、話に割り込んできました。
「Vには関係あらへん」
「ずるいよー。わたしだけ仲間はずれー?」
UはVを相手にしませんでした。
「せやけど○○、あの技はどこで覚えたんや?」
「技?」
「いきなりわたしに抱き付いてきたやん。
びっくりして金縛りになったで」
「ええー! ○○ちゃんがUちゃんに抱き付いたのー?」
UがあわててVの口をふさぎました。
「アホ! 大きな声出すんやない。変な噂が立ったらどないすんねん」
「……もごもご……くるしいよー」
Uが手を緩めると、Vはわたしのほうに突進してきました。
わたしは為す術もなく、大柄なVに抱きすくめられました。
わたしの力では、脱出不可能です。
「アホー!」
Uが丸めた教科書で、Vとわたしの頭をぱんぱーんと叩きました。
「いたい……角が当たったよー」
Vが涙目になりました。
「なに異常なコトしてるんや! みんな見てるやないか!」
「それはUちゃんが大きな声出してるからだよー」
わたしは、噂の発生を抑えるのはもう手遅れだ、と思いました。
「移動しましょ」
わたしたちは、こそこそと廊下に移動しました。
「わたしが興奮したり泣いたりすると、お兄ちゃんがいつもああしてくれた。
すごくホッとする。Uにも効果、あったでしょ?」
UとVは目を丸くしました。
「するとなにか? アンタが泣いてたら兄ちゃんが抱き締めてくれるんか。
そらすごいな」
「すごーい。いいなー」
Vの瞳がきらきら輝きました。わたしは大きくうなずきました。
「すごいでしょ。効果抜群」
Uはなぜか、大きくため息をつきました。
「ま、エエわ。つっこまんとく。アホらしなってきた。
せやけど、もうアレはやめとき。
特に男相手にあんなことしたら、絶対誤解されるで」
「……? いいけど、お兄さんと仲直りしてね」
「ま、わたしらはだいたいいつもあんな感じやねん。
今さら、仲良うするんは照れくさいやん」
「喧嘩してないなら、それで良いけど……」
「喧嘩はわたしの完全勝利でケリついてん。
兄ぃの財布はこれから当てにしてエエで」
Uの口許が、勝ち誇るようにニヤリと歪められました。
YさんはもともとUの下僕だったようですが、
奴隷に格下げされてしまったのだろうか、と内心同情しました。
チャイムが鳴って、美術の授業が始まりました。
自由課題の水彩画です。
わたしは自分の色彩センスに、まるで自信がありません。
デッサンも、描き込めば描き込むほどおかしくなります。
その弱点をカバーするために、わたしは使う色をあらかじめ制限し、
ふつうなら絵を描くと呼べないような画法を選びました。
問題は、仕上げるのに通常の3倍の時間がかかることです。
わたしはそれから、昼休みや放課後の時間を使って、
どうにか提出日に間に合わせました。
提出の前に、美術の先生が指示を出しました。
生徒が2人ずつペアになって、お互いの作品を評価するのです。
わたしとペアになったのは、男子のZ君でした。
それまで名前も覚えていませんでしたが、ひょうきんな言動で目立っていました。
わたしは淡々と、Z君の絵のデッサンの歪み、構図のまずさ、塗りの粗雑さを、
順に指摘していきました。次第に、Z君の顔が青ざめてきました。
さすがにこのままではまずい、と背中が冷えてきましたが、困ったことに、
褒める要素が1つも見あたりません。
わたしと交替したZ君は、興奮した調子でわたしの作品をこき下ろしました。
指摘された短所は、前もって自分で予想した範囲内だったので、
わたしは黙ってうむうむとうなずきました。
内心は、これから人の作品を評価する際には、最初に長所を探して、
短所は1つだけ指摘するに留めよう、と考えていました。
まぁ、二度とZ君に関わることは無いだろう、とも思いましたが……、
残念ながらその予想は、結果的に外れました。
関係ないけど関わりのある人の名前、Zまでいっちゃったね
2017-10-15 21:14:52 (6年前)
No.1