260:
暗い夜道を、車のヘッドライトが時折通りすぎました。
わたしが黙り込むと、お兄ちゃんは振り向きました。
「○○、疲れただろ。眠くなったか?」
「……うん。少し」
実際に、まぶたが重くなってきて、まばたきの回数が増えていました。
「○○姉ちゃん、大丈夫か?」
「平気。3人でこうやって歩けるなんて、めったにないもの」
「また来たらええやんか。お祭りはないの?」
「花火大会があるよ」
わたしはHクンを花火大会に誘うと約束しました。
お兄ちゃんの部屋に戻って、また3人で枕を並べて休みました。
Hクンの寝顔を見ようと視線を向けると、Hクンもわたしを見ていました。
その気遣わしげな眼差しは、驚くほどお兄ちゃんに似ていました。
わたしの素っ気ない態度が、気になったのだろう、と思います。
わたしはただ、従弟でもあり弟でもあるHクンに、
どう接したら良いのかわからなかっただけなのですけど。
去年と同じように、UやVたちと花火大会に行くことになりました。
Xさんはもう大学生になっていたので問題はありませんでした。
Yさんは受験生でしたけど、同行するのは決定事項でした。
花火大会の日は、みんなで一度Vの家に集って着替えてから、
Vのお父さんに駅まで車で送ってもらうことになりました。
Vは初めて見るHクンに瞳を輝かせました。
「わーー、お兄さんにそっくりだねー」
と言いながら、VはHクンの肩や背中にぺたぺた触りました。
Hクンは驚いた顔をして、真っ赤になりました。
「V、アンタなにしてるんや」
Uは苦笑していました。Xさんを見ると、肩をすくめて弱々しく笑っていました。
UとVとわたしが浴衣に着替えて出てくると、
HクンはVのあでやかな浴衣姿に目を奪われました。
お兄ちゃんがわたしに囁きました。笑いをこらえているような声でした。
「Hのヤツ、わかりやすいなぁ。あいつも男なんだな」
「うん」
「妬けるか?」
「……ちょっと悔しいかも」
目的地の駅で電車を降りて、7人で広がって歩きました。
人数が多いので、UとYさん、VとXさん、お兄ちゃんとHクンとわたし、
それぞれ組になって行動することにしました。
お兄ちゃんは何気ないふうに、Hクンに言いました。
「H、Vちゃんが気に入ったか?」
「え? なにが?」
「お前ずっとVちゃんばっかり見てただろ。
気持ちはわからんでもないが……VちゃんはXさんと付き合ってる。
手を出すなよ?」
「そ、そ、そんなこと考えてへん」
「そうか? ならいいんだけどな。
お前がVちゃんばっかり見てるから、○○が妬いてたぞ」
お兄ちゃんのからかい癖が、また出てきたようでした。
「え、え? ○○姉ちゃん、ホンマ?」
「知らない。Vは綺麗だから、見とれるのは無理ないと思うよ」
わたしの口調は、必要以上に冷たかったかもしれません。
「い、いや、そんなことないって。
○○姉ちゃんの浴衣、めっちゃ似合うてる」
「わかるの? わたしのほうをちっとも見てないのに」
「あんまりじろじろ見てたら怒られるんちゃうか、て思うて……」
Hクンはしどろもどろでした。
「○○、人が増えてきた。歩きにくいだろうから、手をつなごう」
お兄ちゃんがわたしの手を取りました。
手を伸ばそうかと迷っている様子のHクンに、わたしは言いました。
「Hクン、男の子だから1人で歩けるよね?
3人で手をつないだら、人混みを避けにくいし」
Hクンはありありと落胆しているようでした。
「くっくっく、H、○○に嫌われたみたいだな……すまん」
わたしに睨まれて、お兄ちゃんは軽口を引っ込めました。
2年前のお祭りでは、3人で手をつなぎました。
でも、もうHクンもわたしも、子供ではありませんでした。
Hクンの出生の秘密を知ったわたしは、
もうあの夏の日は戻ってこないのだ、と自分に言い聞かせました。
遠くで花火が上がりました。
わたしには、それが夏の日の終わりを告げる合図のように聞こえました。