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「すみません」

わたしは機械的に頭を下げ、それっきり黙り込みました。
先生は心配そうな顔で、言いました。

「何か、悩み事があるんじゃないの?
 先生に相談してみない?」

わたしはちらりと先生の顔に、目を遣りました。
先生に話しても、お兄ちゃんが帰って来るなんて、あり得ません。
わたしはまた遠くを見て、沈黙を守りました。
先生はため息を一つ吐き、こう告げました。

「黙っていたんじゃ、どうしようもないでしょ。
 このままだとまた、
 お父さんやお母さんに来ていただかないといけなくなるけど?」

脳裏に、以前両親が呼び出された時の事が蘇りました。

「駄目ッ!」

自分でもびっくりするほどの大声でした。
わたしはいつの間にか、立ち上がっていました。

「お父さんもお母さんも関係ない!
 どうして先生は余計な事ばっかりするの!」

大人と話す時、いつも使う敬語を、わたしは忘れていました。
息が荒くなって、胸が大きく波打ちました。

「お兄ちゃんが殴られたのも、先生のせい!
 あんな事が無かったら、
 お兄ちゃんはまだ家に居たかもしれないのに!」

無茶な八つ当たりだと、自分で分かっていても、止まりませんでした。
言いながら、涙が溢れて来ました。
慣れない大声を出して、喉がひりひりしました。

いつも大人しい、わたしの突然の爆発に、先生は驚いて口を開けていました。
やがて先生は、目を細め、そっとわたしの肩に手を置きました。

「わかった。
 お父さんやお母さんは呼ばない。
 約束する。
 だから、座りなさい。
 ……お兄ちゃんが、居なくなったの?」

わたしは、こくこくと頷きました。
そして切れ切れに、お兄ちゃんが遠くに遣られた事を、語りました。

「お兄ちゃんが遠くに行ってしまったから、
 勉強もなにも手に着かない、ということね?」

先生はしばらく思案してから、続けました。

「お兄ちゃんは、遠くに行って、
 友達とも別れて、一人で頑張ってるのね?」

わたしは頷きました。お兄ちゃんが、頑張らないはずはありません。

「もし、お兄ちゃんが突然帰って来たら、どうする?  あなたが、暗い顔して、いつもぼーっとしてるの見たら、
 お兄ちゃんはどう思うかな?  恥ずかしく、ない?」

そう言われて、わたしは愕然としました。
お腹がすうっと冷たくなりました。
わたしが何もしないで、人形のように、ただ日々を浪費していた事を、
お兄ちゃんに知られたら……。
恥ずかしさで、胸が灼けるようでした。
わたしはやっとの事で、言葉を絞り出しました。

「恥ずかしい……です」

「そんなら、頑張らなくっちゃ。
 あなたは勉強は問題ないし、
 もっと積極的に友達を作るようにすれば、
 きっと素敵になって、
 お兄ちゃんもびっくりするよ?」

わたしは再び立ち上がり、深々とお辞儀しました。

「先生……ありがとうございました。
 それから、さっきは怒鳴ったりして、ごめんなさい。
 わたし……頑張ります」

先生はわたしの肩をぽんぽんと叩き、言いました。

「いいっていいって。
 悩み事があったら、いつでもいらっしゃい。
 もう帰っていいよ」

帰り道、歩きながらずっと、わたしは考え続けました。
自分を変えなければいけない、と思いました。
お兄ちゃんが、恥ずかしいと思わないような妹にならなければ、
お兄ちゃんに顔を向ける事などできません。

お兄ちゃんが居なくなって、以前、大人になりたいと願った決心とは、
比べ物にならないほど、熱い力が体中に漲りました。

お兄ちゃんが最後の日に、わたしに残した言葉を思い出しました。
一人で頑張ること。良い友達を作ること。

胸の穴は、まだ塞がっていませんでした。
でも今、わたしには、はっきりした目的が出来ました。


先生いい人だ…(`∀´)
2016-03-13 19:56:19 (8年前) No.1
良かった良かった
2017-05-30 03:33:35 (6年前) No.2
涙が止まらん……
2017-10-12 22:43:39 (6年前) No.3
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