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わたしは、ああ、こういうところはお兄ちゃんと違うんだ、と思いました。
Hクンの屈託のない笑みは、お兄ちゃんにはありませんでした。
「○○姉ちゃん……去年は来てくれへんかった。
俺、いい子にして待ってたのに?」
Hクンは拗ねたような言い方をしました。
「あ……ごめんなさい」
「ええねん。姉ちゃん病気やったんやから。
そやから俺、1人でこっちに来ようと思ったんや。
そやのに、お母ちゃんが絶対アカン、て言うて……。
姉ちゃんは小6で一人旅したのに、
俺は男やのにアカンやなんて、おかしいわ。
そやから俺、黙って出てきてん」
わたしはびっくり仰天しました。
「え? Hクン……家出してきたの?」
「家出なんて大げさなもんとちゃう。
友達と遊びに行く言うて朝出てきたから、まだ気づいてへんはずや。
すまんけど……後で家に電話してくれへん?
俺が電話したら、すぐ帰ってこい、て怒られるし」
「……旅費は、どうしたの?」
「家のお金は盗ってへんで。お年玉使わんと残してたんや。
帰ったら説教されるやろうけど、それはしゃあない。
な? お願いや」
両手を合わせて拝むHクンを見ながら、わたしはハァ、とため息をつきました。
わたしがHクンの味方になることまで含めて、どう見ても計画的な犯行でした。
弟が出来るというのは、こんな気持ちだろうか、と思いました。
くすぐったいような喜びとともに、羨望も湧いてきました。
わたしがHクンのために弁護することも、
両親に叱られても結局は許してもらえるだろう、ということも、
Hクンは疑いもしないんだな、と思って……。
わたしが苦笑しながらうなずくと、Hクンはソファーの背もたれに、
うーんと背中を伸ばしました。
「あーこれで一安心や。
姉ちゃんに追い出されたら、ホームレスになるとこやった」
「みんな、元気?」
「元気元気。K姉ちゃんとL姉ちゃんは元気良すぎるぐらいや。
日焼けで真っ黒になってる。○○姉ちゃんは相変わらず白いなぁ」
「わたしも焼こうと思ったんだけど、赤くなるだけだった。
Hクンもあんまり焼けてないね」
「お母ちゃんが勉強勉強てうるさいねん。
今からしっかり勉強しとかんとええ高校に入られへんていうて。
夏休みに入ってからずっと勉強漬けや……」
「健康だったら、運動もしなくちゃね。
Hクン……ホントに、背が伸びたね。
お兄ちゃんが中1の頃より、背が高いかも」
Hクンはわたしをまじまじと見つめて、言いました。
「○○姉ちゃんも……変わったな」
「そ……そう?」
「2年前は髪が長くて、すごい大人やなぁ……と思った。
今は髪短くて、なんや若返ったみたいや。最初見違えたわ」
そんなに子供っぽく見えるのだろうか、と内心がっかりしました。
「そやけど、しゃべり方が落ち着いてて、やっぱり大人やなぁ。
覚えてたとおりの声で、安心した」
少し目を細めて頬をゆるめたその表情が、
どきりとするほどお兄ちゃんに似ていました。
「なにしてるんだ?」
いきなり声をかけられて、座ったまま飛び上がりました。
振り向くと、リビングの入り口にお兄ちゃんが立っています。
「H……お前?」
お兄ちゃんも、Hクンの家出を知らされていなかったようです。
Hクンは改めて、お兄ちゃんに説明し、ゲンコツを1つもらっていました。
田舎への電話は、お兄ちゃんがかけました。
お兄ちゃんのとりなしで、Hクンは1週間ほど滞在することになりました。
夕食の後、ダイニングでお茶を飲みながら、
お兄ちゃんとHクンがとりとめのない話をしていました。
わたしはHクンとどんな話をしたら良いのかわかりません。
お兄ちゃんと2人の時は、話をしなくても落ち着くのですけど、
3人でわたしだけ黙っているのは、なんともいえず気詰まりでした。
「そろそろ風呂に入るか? 汗かいただろ?」
お兄ちゃんがHクンに言いました。
「うん。△△兄ちゃん、久しぶりにいっしょに入ろか?」
そうHクンが答えると、お兄ちゃんがわたしの方を向きました。
「○○もいっしょに入るか?」
「え?」
お兄ちゃんとお風呂で背中を流しっこするのは恒例になっていましたけど、
Hクンの前で堂々と誘われたのには驚きました。
「くっくっく……2人ともなに赤くなってるんだ。冗談に決まってるだろ?」
見ると、Hクンも真っ赤な顔をしていました。
「俺は後でHと2人で入るから、○○が先に入ってくれ」