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「お兄ちゃん、体洗わないの?」

「ん、もうちょっとゆっくり浸かってからな……。
 ……お前、真っ赤じゃないか」

「う、うん」

「のぼせたんじゃないか? もう上がったほうがいいぞ。
 俺はのんびり入ってるから」

そう言って、お兄ちゃんは壁の方を向きました。
わたしは立ち上がり、お兄ちゃんと同じように、手の平であそこを隠して
湯船を出ましたが、お兄ちゃんが見ていないので無意味でした。

お兄ちゃんはいつも長風呂です。
わたしは待っているあいだに、朝食の支度をすることにしました。
といっても、ご飯におみそ汁に卵焼き、納豆と海苔ぐらいなので簡単です。

わたしがお兄ちゃんに、朝ご飯を作ってあげるのは異例でした。
わたしは朝が弱くて、お兄ちゃんのほうがずいぶん早く起きていたからです。

お兄ちゃんがお風呂から上がってきて、ダイニングに入ってきました。

「お、朝飯出来てるのか。気が利くな」

食卓に着いて、朝ご飯を食べながら話をしました。

「みそ汁の味付けが上手くなったな。でもお前には塩分多すぎないか?」

「おつゆは残すから」

「成長期だっていうのに、お腹いっぱい食べられないのはつらいな……」

「もともと、そんなに食べられない。だから成長が遅いのかな……」

「そんなことないって。去年よりずっと背も伸びてる」

たしかにこの1年のあいだに、身長と体重はかなり増えていましたが、
お兄ちゃんとの差は、むしろ広がっていました。

「今日は出歩かないで家でごろごろしてようか」

「疲れてるの?」

活動的なお兄ちゃんにしては、珍しいと思いました。

「たまにはいいさ。ビデオでも観よう」

「ビデオって、映画?」

リビングにビデオデッキはありましたが、わたしはふだんテレビを観ないので、
ほとんど触ったことがありませんでした。

「そんなもんだ。Aにいろいろ貸してもらったのがある」

食器を片付けてリビングに移動し、軽くマッサージし合いました。
ソファーにうつぶせに寝たお兄ちゃんの背中にまたがり、
背骨の両側をげんこつでグリグリすると、とても気持ちよさそうでした。

わたしは全身をマッサージされると寝てしまいそうだったので、
首と肩だけ軽く揉んでもらいました。

雨戸を閉め切って、蛍光灯を暗くすると、映画館のような雰囲気になりました。
お兄ちゃんが持ってきた鞄から、ビデオテープを取り出しました。
ビデオテープのラベルにはタイトルがなく、数字が書いてあるだけでした。

「お兄ちゃん、題名がわからないよ?」

「ああ、ダビングしてもらったやつだからな」

ソファーに並んで寝そべって、ビデオデッキをスタートさせました。
1本目は、テレビ番組の録画を編集したもののようでした。
ボクシングの試合のタイトルマッチです。

「お兄ちゃんも……こんなことするの?」

「試合はまださ。それにこんなプロの試合とは違うよ」

リングの上で汗みどろになって殴り合っているのを観ると、身が縮みました。
どうしてこんな痛そうなことをするのか、理解できませんでした。
わたしが抱き付くと、お兄ちゃんは「○○は恐がりだなぁ」と笑いました。

2本目は、日本映画でした。『台風クラブ』です。
冒頭近く、工藤夕貴が布団の中でオナニーをするシーンが映し出されました。

わたしは息を呑みました。お兄ちゃんも固まってしまいました。
エアコンが効いているはずなのに、汗をかいてきました。

でも、そのまま続けて観ているうちに、映像に引き込まれていきました。
1回観終わってから、昼食を簡単に済ませて、また最初から観ました。

後半になると目が痛くなってきて、目蓋が重くなりました。
必死で目を開けていようとしましたが、いつの間にか寝てしまいました。

ふと目が覚めると、お兄ちゃんの腕に抱かれるような形になっていました。

「あ! ごめんなさい。わたし、寝てた?」

「いいさ。あんなに夢中になるとは思わなかった。面白かったな」

「うん。すごく面白かった。また観たい」

「今日はこれぐらいにしとくか。テープはまだあるから、今度また観よう」

この時に観たのはテレビ放映版でしたが、あとでノーカット版も観ました。
今でも、わたしの一番好きな映画です。

そうして、UやVと約束した、買い物の日がやってきました。
お兄ちゃんはいつもより、身だしなみに気を遣っているようでした。

「お兄ちゃん、今日はいつもと違うね?」

「お前の友達にみっともない格好は見せられないからな」

UやVがお兄ちゃんに惹かれないかと、心配になってきました。


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