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学校の帰り道で、Uが訊いてきました。

「なんや○○、今日は一段と暗いやん」

「そう?」

「なんかあったんか?」

「なんにも……なんにも起きなかった」

「……?」

「メランコリーなんだ。こういう時もあるよ」

「……日本語で言うてくれへんか?」

「憂鬱、ってこと。寒くなってきたしね」

「Vはあの通り明るいで? 明るすぎてヤバいぐらいや」

歩いているVの表情は微笑を通り越して、にへにへと無気味でした。
鞄を振り回して時々くるくるターンするので、危なくて仕方がありません。

「V、なにかあったの?」

「うふふー、ヒミツなのー。ねー聞きたい? 聞きたい?」

話したくてうずうずしているVを、落胆させるのは気が引けました。

「教えて。お願い」

「えへへへー。実はねー、クリスマスの前に洗礼式をすることになったのー。
 それでねー、お祝いにイブの夜にパーティーするのー。
 おにーちゃんも来てくれるんだー」

Vの放射する歓喜のオーラで、わたしまでにやけてきました。

「良かったね、V」

洗礼式は見たことがありませんでしたけど、
プロテスタントの2大儀式の1つである聖餐せいさん式は、
わたしも教会に通ううちに、何度か遠くから見ていました。

厳粛な雰囲気の中で、先輩の信徒たちに囲まれて、
Vはきっと善良なクリスチャンになるのだろう、と思いました。

「2人ともパーティーに来てくれるでしょー?」

「当たり前やん、行く行く」

Uが即答しました。わたしは少し考えてから、返答しました。
お兄ちゃんは来なくても、お兄ちゃんのケーキを待って、
クリスマスイブを過ごそう、と心に決めました。

「わたしは……行けない」

「えー? どうしてー?」

「クリスマスイブには、お兄ちゃんがケーキを届けてくれるの。
 わたしは家に居なくちゃ」

がっかりした様子のVに代わって、Uが答えました。

「兄ちゃんはように帰ってくるんか。それやったらしゃーないなぁ。
 ○○は兄ちゃんとめったに会われへんのやから」

Uは誤解したようでしたけど、あえて訂正する気にはなれませんでした。

「うん……ごめんね、V」

「……洗礼式には来てくれるー?」

「わたしは参加できないよ?」

洗礼式と聖餐式には、クリスチャンでない者は参加できません。
赤ワインを飲み薄いパンを食べる聖餐式を見た時も、
わたしは玄関ホールから覗いただけでした。

「遠くから見ててくれるだけでいいよー」

「うん、それならオッケー」

「どんなもんか、わたしもいっぺん見ときたかったんや」

Uは野次馬根性が旺盛でした。

「クリスマスプレゼントはもう決めてるんか?」

「うーーん、どうしようかなー?」

Vが悩んでいるのは、Xさんに贈るプレゼントのようでした。
Xさんは強制的にVになにかねだられるのだろうな、と内心苦笑しました。

「○○も兄ちゃんになんかあげるんやろ?」

「うん。お守り袋を作ってる」

「お守りぃ? アンタ神道の信者やったんか?」

「ふふふ、まさか……。
 お守り袋っていっても、願掛けのためじゃないよ」

「願掛けしないお守りってあるんか?」

UとVは顔を見合わせて、首をひねりました。

「お兄ちゃんは病気はしないけど、よく外でトレーニングするから、
 怪我したりしないかな、って思うの。
 首から下げる大きめのお守り袋を作って、絆創膏とか入れておいたら、
 擦り傷ができても、ばい菌が入らないように手当てできるでしょ?」

「……ちょーっと変わってるけど実用的なプレゼントやな」

「うん。ありきたりのプレゼントだと、お兄ちゃん人気者だから、
 ダブっちゃいそうだしね」

お兄ちゃんが手編みのマフラーを女の子から差し出されている光景が、
頭の中に浮かんで、ちくりと胸を刺しました。

家に帰ってコートを脱いでいると、電話の呼び出し音が鳴りました。

「はい、××です」

「○○か、俺だ」

お兄ちゃんからの珍しい電話でした。

「あ……お兄ちゃん、元気?」

「ああ、いつだって元気さ。ところでもうじきクリスマスだろ?
 ケーキ、どっちにするかもう決めたか?」

「えーと……」

イチゴ生クリームにするか、チョコレートにするか、
決めるのをすっかり忘れていました。

「んー、まだか……じゃ、こっちで勝手に決めていいか?」

「うん」

当日までどっちかわからないほうが、楽しみにできます。

「それとな、イブの晩は特になにも準備してなくていいぞ。
 ケーキと一緒に一式届けるから、楽しみにしてろ」

「うん」


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