216:
学校の帰り道で、Uが訊いてきました。
「なんや○○、今日は一段と暗いやん」
「そう?」
「なんかあったんか?」
「なんにも……なんにも起きなかった」
「……?」
「メランコリーなんだ。こういう時もあるよ」
「……日本語で言うてくれへんか?」
「憂鬱、ってこと。寒くなってきたしね」
「Vはあの通り明るいで? 明るすぎてヤバいぐらいや」
歩いているVの表情は微笑を通り越して、にへにへと無気味でした。
鞄を振り回して時々くるくるターンするので、危なくて仕方がありません。
「V、なにかあったの?」
「うふふー、ヒミツなのー。ねー聞きたい? 聞きたい?」
話したくてうずうずしているVを、落胆させるのは気が引けました。
「教えて。お願い」
「えへへへー。実はねー、クリスマスの前に洗礼式をすることになったのー。
それでねー、お祝いにイブの夜にパーティーするのー。
おにーちゃんも来てくれるんだー」
Vの放射する歓喜のオーラで、わたしまでにやけてきました。
「良かったね、V」
洗礼式は見たことがありませんでしたけど、
プロテスタントの2大儀式の1つである
わたしも教会に通ううちに、何度か遠くから見ていました。
厳粛な雰囲気の中で、先輩の信徒たちに囲まれて、
Vはきっと善良なクリスチャンになるのだろう、と思いました。
「2人ともパーティーに来てくれるでしょー?」
「当たり前やん、行く行く」
Uが即答しました。わたしは少し考えてから、返答しました。
お兄ちゃんは来なくても、お兄ちゃんのケーキを待って、
クリスマスイブを過ごそう、と心に決めました。
「わたしは……行けない」
「えー? どうしてー?」
「クリスマスイブには、お兄ちゃんがケーキを届けてくれるの。
わたしは家に居なくちゃ」
がっかりした様子のVに代わって、Uが答えました。
「兄ちゃん
○○は兄ちゃんとめったに会われへんのやから」
Uは誤解したようでしたけど、あえて訂正する気にはなれませんでした。
「うん……ごめんね、V」
「……洗礼式には来てくれるー?」
「わたしは参加できないよ?」
洗礼式と聖餐式には、クリスチャンでない者は参加できません。
赤ワインを飲み薄いパンを食べる聖餐式を見た時も、
わたしは玄関ホールから覗いただけでした。
「遠くから見ててくれるだけでいいよー」
「うん、それならオッケー」
「どんなもんか、わたしもいっぺん見ときたかったんや」
Uは野次馬根性が旺盛でした。
「クリスマスプレゼントはもう決めてるんか?」
「うーーん、どうしようかなー?」
Vが悩んでいるのは、Xさんに贈るプレゼントのようでした。
Xさんは強制的にVになにかねだられるのだろうな、と内心苦笑しました。
「○○も兄ちゃんになんかあげるんやろ?」
「うん。お守り袋を作ってる」
「お守りぃ? アンタ神道の信者やったんか?」
「ふふふ、まさか……。
お守り袋っていっても、願掛けのためじゃないよ」
「願掛けしないお守りってあるんか?」
UとVは顔を見合わせて、首をひねりました。
「お兄ちゃんは病気はしないけど、よく外でトレーニングするから、
怪我したりしないかな、って思うの。
首から下げる大きめのお守り袋を作って、絆創膏とか入れておいたら、
擦り傷ができても、ばい菌が入らないように手当てできるでしょ?」
「……ちょーっと変わってるけど実用的なプレゼントやな」
「うん。ありきたりのプレゼントだと、お兄ちゃん人気者だから、
ダブっちゃいそうだしね」
お兄ちゃんが手編みのマフラーを女の子から差し出されている光景が、
頭の中に浮かんで、ちくりと胸を刺しました。
家に帰ってコートを脱いでいると、電話の呼び出し音が鳴りました。
「はい、××です」
「○○か、俺だ」
お兄ちゃんからの珍しい電話でした。
「あ……お兄ちゃん、元気?」
「ああ、いつだって元気さ。ところでもうじきクリスマスだろ?
ケーキ、どっちにするかもう決めたか?」
「えーと……」
イチゴ生クリームにするか、チョコレートにするか、
決めるのをすっかり忘れていました。
「んー、まだか……じゃ、こっちで勝手に決めていいか?」
「うん」
当日までどっちかわからないほうが、楽しみにできます。
「それとな、イブの晩は特になにも準備してなくていいぞ。
ケーキと一緒に一式届けるから、楽しみにしてろ」
「うん」