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「そらエエなぁ。うちの兄ぃも連れてってかめへんやろ?
夏休みに入ったらいっしょに買い物行く約束してたんや。
こないだはbに邪魔されたけどな」
「もしかして、それって……?」
b君のことで図書館まで来てもらったとき、
ちょうどUがY兄さんといっしょに出かけるところだったと知って、
わたしは恐縮しました。
「ごめんなさい」
「かめへんかめへん。買い物なんていつでもできるやん。
それよりVに連絡せなあかん。
あの子はお稽古事してるから早いめに言うとかんと」
「まだ続いてたの?」
「キャンプで聞いた話やと、お茶とお花はギブアップしたそうや。
じーっと正座してるとおかしくなりそうやて。
もともとおかしいのになアハハハハハハ」
「ぷ、ちょっと酷いよ。本人が居ないところで」
「本人がおってもいっしょやん。
ほんで、その代わりにピアノのレッスン始めるんやて。
ほら、教会でオルガン弾いてる兄ちゃんや」
「Xさん?」
「アンタが男の名前覚えるなんて珍しいな。
VとXは親が昔から信者どうしで仲良かったらしいわ。
親戚やないけど、お互いにいとこみたいなもんや。
VはXに懐いとるしなぁ……」
Uの口調が面白くなさそうだったので、聞いてみました。
「妬いてるの?」
「ふん、別に。あの兄ちゃんは軽薄な感じやから虫が好かんのや。
調子はエエけど頼んない感じするわ。
男はもっと硬派やないとな」
「お兄さんみたいに?」
「あっ、アホか! あんなんバカで軟弱でどうしようもないわ」
「真面目な人だと思うけど?」
「馬鹿正直なだけやて。
昔はあんなんでもカッコイイ思うてたんやけどな〜。
変態のオタクになるとは思わへんかった……」
電話口の向こうで「誰が変態や!」「人の電話立ち聞きすな!」と
喧嘩が始まりました。
わたしは受話器を戻して、今度はVに電話を掛けました。
次の日曜日に教会で3人集まって、詳しい相談をすることになりました。
日曜日になって、お兄ちゃんとわたしはいっしょに家を出ました。
自転車のペダルをこぐお兄ちゃんの背中にしがみついて、聞きました。
「お兄ちゃんも教会に来る?」
「いや、やめとく。お前の友達に初めて会うんだったら、
もっとマシな格好しないと。今日は久しぶりにAたちと会ってくる」
「晩ご飯は?」
「う〜ん、たぶん食べてくる」
お兄ちゃんはわたしを教会の前で降ろして、自転車で走って行きました。
教会に入ると、UとVはもう来ていました。
礼拝が終わって日曜学校が始まる前に、3人でオルガンの所に寄りました。
「おにーちゃーん!」
「Vちゃん、なんかリクエストある?」
「ちがうのー。今日はデートに誘おうと思ってー」
静かに奏でられていたオルガンの旋律が止まりました。
「で、デート?」
話がややこしくなりそうだったので、割って入りました。
「3人で、買い物に行くんです。お兄さんも、いっしょにいかがですか?」
「あ……そういうこと。○○ちゃんも来るんだったら、行こうかな〜」
目に見えて、Vの表情が曇りました。
「え……?」
わたしはぎくりとしました。XさんはにやにやしながらVに言いました。
「あはは、冗談冗談。ちょっと意地悪しただけ。
でも、Vちゃんも○○ちゃんを見習って、
もう少し大人しくしたほうがいいんじゃないかなー」
「もーー、いじわるーー」
VがXさんの背中を両手でぽかぽか叩きました。
わたしはホッとして、Vに言いました。
「教会で暴れちゃだめでしょ?」
「それに……僕は一応受験生なんだけどな。Vちゃんわかってる?」
Vがしゅん、とうなだれました。
「でもまぁ……気分転換も必要だし、これからレッスン中にふざけないって
約束してくれたら、付き合ってもいいよ」
Vの顔が、一瞬で輝きました。
「うんうん約束するー。まじめにするよー」