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ずっと立ったまま花火を見るのは辛いので、川沿いのレストランに入りました。
テラスに並んだテーブルから、夜空を眺めることができます。
時間が遅かったので、もうほとんどの席は埋まっていました。
建物の陰になる、一番端のテーブルだけが空いていました。
お兄ちゃんたちは辛口ピラフを、わたしはフルーツの盛り合わせを注文しました。
次々と打ち上げられる花火を、3人で見上げました。
3分の1ぐらいは建物で遮られていましたけど、ぱぁーんという音は、
響いてきました。
独り言のように、Hクンが呟きました。
「綺麗やな……」
「……」
「○○姉ちゃん」
わたしは視線を上に向けたまま、答えました。
「なに?」
「俺、また来てええかな」
言葉に詰まりました。Hクンを拒否したくはありませんでした。
でも、親密になるわけにもいきません。
ちらりとお兄ちゃんを見ると、難しい顔をしていました。
わたしが沈黙を守っているのに耐えかねたのか、Hクンが続けました。
「……わかった。もうええわ」
わたしは向き直って、Hクンを見ました。
目と目が合いました。
胸が痛くなるような、寂しさに満ちた眼差しでした。
「Hクン……ごめんなさい」
「……なんで? なんで謝るん? 教えて」
「叔母さんが良いって言ったら、またいらっしゃい」
わたしは苦し紛れに、叔母さんに責任を押しつけました。
叔母さんは、わたしとHクンを会わせたくないはずです。
「お父ちゃんはわからんけど、お母ちゃんは絶対アカンて言うわ……」
いつの間にか、花火大会は終わっていました。
レストランのお客さんたちが、ぞろぞろと帰途に就きはじめました。
お兄ちゃんが立ち上がりました。
「そろそろ帰るか?」
駅への帰り道で、Uたち4人と合流しました。
Uが上機嫌で話しかけてきました。
「○○、どこ行っとったん?」
「Uがさっさと行っちゃったんだよ」
Vが感極まったように言いました。
「花火、とっても綺麗だったねー!」
Uがいわくありげに突っ込みました。
「アンタは花火より他のことで忙しかったんと違うか?」
「どういう意味ー?」
Vには通じていないようでした。わたしはため息をつきました。
花火大会が終わって、日常が戻ってきました。
Hクンは今までと変わりなく、わたしに話しかけてきましたけど、
どこかに遠慮があるようでした。
1週間が過ぎて、Hクンが田舎に帰る日がやってきました。
お兄ちゃんとわたしで、空港まで見送りに行きました。
向こうの空港には、叔母さんが迎えに来るはずです。
別れ際に、Hクンが言いました。
「○○姉ちゃん、田舎に来ることあったら、うちにも寄ってな」
「うん。Hクン、元気でね」
「俺は病気したことないねん。○○姉ちゃんこそ元気になりや。
△△兄ちゃん、またな」
Hクンは白い歯を覗かせて笑い、手を振りながら去っていきました。
Hクンの姿が視界から消えるまで見送ってから、
お兄ちゃんとわたしは踵を返しました。
「Hクン、行っちゃったね」
「ああ……ちょっと可哀相だったかもしれないな」
「なにが?」
「お前、Hによそよそしかっただろう?
俺は理由がわかってるけど、あいつは何も知らないからなぁ」
わたしがHクンに近寄らなかったのは、触れると体が強張るかもしれない、
という理由もあったのですけど、お兄ちゃんは気づかなかったようです。
「昨夜、あいつに訊かれたよ。お前のこと」
「え? なにを?」
「俺は○○姉ちゃんに嫌われてるんやろか、って」
「そんなこと……ない」
「俺もそう言っておいた。
ただ、Hのことはただの従弟としてしか見てないだろう、ってな」
「お兄ちゃんも……」
「俺も?」
「お兄ちゃんも、最近よそよそしかったね」
「仕方ないさ。
Hの前で、あんまりお前と仲良くしてるの見せられないだろ」
「お兄ちゃんも、今日出発?」
「ああ、ホントは先週発つ予定だったんだ。
Hをこっちに残しておくわけにはいかないから、予定を延ばした」
家に帰ると、お兄ちゃんは慌ただしく着替えて、バイクにまたがりました。
ヘルメットのシールドのせいで、よく表情が見えませんでした。
お兄ちゃんは片手を挙げて「またなっ」と言い、
バイクを発進させて、あっという間に見えなくなりました。
おっぱい
2016-11-06 08:02:25 (7年前)
No.1