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Yさんも、腕組みしてうなずきました。
「俺も前に話したことあるけど、お兄さん、良い男だと思うよ。
ちょっと妬けるけどね。○○ちゃんが落ち込むことないんじゃない?」
「暴力はイヤですけど、そのことで落ち込んでるんじゃないんです」
「じゃあ、どうして?」
わたしは3人の顔を見回して、まつげを伏せ、考えをまとめようとしました。
「弱い者いじめをする人が殴られても、同情はしません。
当然の報いだと思います。
でも、何度も絡まれてるのを助けた、というのは不自然です」
「どういう意味や? まさか、ヤラセやったっちゅうんか?」
「それは厳しすぎる見方だと思うな……。
俺が同じ男だから弁護したくなるのかもしれないけど」
「ヤラセじゃなくて、実際にお兄ちゃんは助けたんだと思います」
「だったら問題無いんじゃないの……? 立派じゃないか」
「○○ちゃんなにが気に入らないのー?」
Vも首を傾げています。
わたしは下を向いたまま、噛み締めるように言葉を紡ぎました。
「困っている人を助けたのは、立派だと思います。
……でも、動機はたぶん、違います」
「動機、ってなんのこと?」
「お兄ちゃんは、正義の味方だから助けたんじゃない、と思うんです。
1回ならともかく、何回もそんな現場に居合わせるなんて、不自然です。
たぶん……憂さ晴らしに殴る相手を探していたんです。
弱い者いじめしている人を殴っても、非難されることはありませんから」
自分の口から出た言葉が、槍のように胸を刺しました。
Uが、驚きを隠せない声で言いました。
「驚いたわ……アンタが、そんなこと言うなんて思わへんかった。
アンタは兄ちゃんのことを神様みたいに思ってたんと違うのん?」
「思ってた……でも、どうして忘れてたんだろう。
わたし昔、お兄ちゃんが暗い暗い目をしてるの、見たことある」
Yさんが、控えめな声で尋ねてきました。
「昔、なにかあったの?」
「昔だけじゃないんですけど……わたしの家は、両親の仲が悪いんです。
それだけじゃなくて、両親とわたしたちの仲も……。
お兄ちゃんは、きっと鬱憤が溜まっていたんでしょう。
お父さんに殴られても、黙って耐えて……。
でもお兄ちゃんは、わたしには優しかった」
喋れば喋るほど、胸の中が空っぽになっていくようでした。
わたしの目にはもう、何も映っていませんでした。
「わたし……馬鹿でした。考えればすぐにわかることなのに。
お兄ちゃんがわたしを守ってくれてた。わたしは何にもできなかった。
お兄ちゃんは強くて優しくて何でもできるから平気なんだ、
って勝手に思い込んで!
馬鹿みたい……ホントに馬鹿みたい。
平気なはずないのに。泣きたかったはずなのに。
わたしには、泣きたいときは泣いたほうが良い、って言うのに。
自分はちっとも泣かなくて。
わたしが居たからかな……。
わたしのせいで、お兄ちゃん泣けなかったのかな……」
最後のほうは、独り言のようになってしまいました。
突然、がばっとVが後ろから抱きつきました。
「○○ちゃーん、泣いちゃダメだよー」
「え……? わたし、泣いてる? あれ……? おかしいな」
それまで乾いていた目蓋が熱くなり、涙が溢れてきました。
Yさんの、うわずった声が聞こえてきました。
「えっと……うまく言えないけどさ……。
お兄さんは、○○ちゃんを守りたかったんだと思う。
だけどね。泣けないよ。自分が泣くと○○ちゃんも泣いちゃうからさ。
○○ちゃんのせいじゃないよ。男ならそうするって。
俺は、お兄さん、やっぱり立派だと思うな。
……それにさ、ここで話していても、ホントのことわからないじゃない。
今度お兄さんと会ったとき、ゆっくり話してみるといいと思うよ」
「兄ぃ……エエこと言う」
「……そうですね。わたしが泣いたら、ダメですね」
「うーん……泣いてもいいと思うけどな。
○○ちゃん、真面目すぎるよ。
泣きたいときは、いっしょに泣けばいいじゃない。
泣いてばっかりじゃ困るけど、泣いたらすっきりするんだからさ、ね?」
わたしは、何度も大きくうなずきました。