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お兄ちゃんもわたしも、その場に凍りつきました。
異様な雰囲気で、視線を外せません。
少しでも身動きしたら、何もかも終わってしまう、そんな切迫感がありました。
先に口を開いたのは、お兄ちゃんのほうでした。
「お、お前……なに、言ってるんだ?」
お兄ちゃんの驚愕した表情が、わたしの胸を切り裂きました。
わたしはなんとかして言い訳しようとしましたが、
口が震えてしまって、何一つ言葉が出てきません。
気が遠くなるほど、長いあいだ見つめ合っていたと思います。
お兄ちゃんが、わずかに後ずさったように見えました。
わたしは理由もなく、このままお兄ちゃんがどこかに消えてしまう、
という不安に襲われました。
わたしは立ち上がって、お兄ちゃんに飛びつきました。
腰に腕を回して、思いっきり締めつけました。
「○○!」
お兄ちゃんの手の平が右肩を掴んで、わたしを引き剥がそうとしました。
わたしは渾身の力をこめて、しがみつき続けました。
「いゃああああ!」
不意にお兄ちゃんの体から、力が緩みました。
ぽんぽん、と、わたしの背中が優しく叩かれました。
「わかったから、泣くな。落ち着け」
そう言われてみると、わたしは涙を流していました。
がちがちに強張ったわたしの体を、お兄ちゃんがゆっくりと離しました。
お兄ちゃんの手が、わたしの帯を解きました。
わたしはまだ、棒立ちになったままでした。
浴衣を脱がされても、わたしはマネキン人形のように、突っ立っていました。
この後なにが起こるのか、頭がまったく働きません。
わたしの体に、タオルケットが巻かれました。
抱きかかえられて、ベッドに連れて行かれました。
横になっても、わたしの全身は硬直していました。
緊張しすぎたせいか、背中と首の筋肉が悲鳴を上げました。
締めつけられたように、きりきりと頭が痛みます。
添い寝したお兄ちゃんの声が、耳許でしました。
「俺はここにいるから。大丈夫、大丈夫」
お兄ちゃんの指が、わたしの顔を撫で、髪を撫で、下から首を掴みました。
首を揉まれると、頭の痛みが少し軽くなり、わたしは目を細めました。
横からお兄ちゃんの顔がかぶさってきて、お兄ちゃんの唇が、
わたしの唇と重なりました。ほんの一瞬の、触れるだけのキスでした。
お兄ちゃんが顔を上げました。わたしが何も言えずにいると、
お兄ちゃんは意味不明の単語を口にしました。
「じんこーこきゅーだ」
お兄ちゃんはわたしの体を裏返し、「だいじょーぶだいじょーぶ」と
呪文を唱えながら、わたしの首や肩、脹ら脛や足の裏を揉みました。
わたしはいつの間にか、ぷつりと糸が切れるように、眠りに落ちていきました。
翌朝の目覚めは突然でした。
わたしはガバッと身を起こし、自分がパジャマを着ていないのに気づいて、
ゆうべのことは夢ではなかったんだ、と自覚しました。
お兄ちゃんに醜態をさらしてしまった、と思うと絶望的になりました。
でも、ベッドの中で丸くなっていたら、お兄ちゃんが心配して見に来ます。
わたしはベッドから下りて、床に転がっていたリップを拾いました。
部屋着を着て、ぞんざいに畳まれた浴衣や帯をきちんと畳み直し、
そうっと1階に下りていきました。
お兄ちゃんはどこにも居ませんでした。
パニックに陥りかけましたが、玄関にランニングシューズが無いのを見て、
早朝トレーニングに出かけているのだ、とわかりました。
じっと待っているのに耐えきれず、朝ご飯の支度をすることにしました。
おみそ汁の出汁や具は、すでに用意されていました。
卵焼きを作ろうとして焦がしてしまい、作り直しました。
そうこうしているうちに、お兄ちゃんが帰ってきました。
「シャワー浴びてくる」
それだけ言って、お兄ちゃんは風呂場に行ってしまいました。
わたしは判決を待つ犯罪者のような心持ちで、座って待っていました。
お兄ちゃんがダイニングに入ってきました。
「おはよう。今日は早いな。朝ご飯作ってくれたのか」
わたしは顔を伏せました。
「お兄ちゃん……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
壊れたオルゴールのように、繰り返しました。
「何言ってるんだ。気にすんな。まぁ、ゆうべはビックリしたけどな……。
お前が取り乱すなんて、初めて見たから。
まぁアレだ。水に溺れたようなもんだろ。年頃だから、しょうがないさ。
それより腹減った。ご飯よそってくれよ」
?ヾ(゚ー゚ヾ)^?。。。ン?
2017-05-08 19:24:04 (6年前)
No.1