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わたしはUに答えず、そのまま学校を後にしました。
晴れ渡った夏空が、黒い雲で曇りはじめたような気分でした。

お兄ちゃんがb君を殴ったんじゃないか、と思うと胸が重くなりました。
想像の中で、嫌な笑みを浮かべながら暴力を振るうお兄ちゃんは、
悪夢そのものでした。

家に帰っても、お兄ちゃんは居ませんでした。
朝、友達と遊びに行く、と言っていたのですから、当たり前です。

わたしは落ち着かず、台所の流しや鍋をピカピカになるまで磨きました。
ずいぶん時間がかかりましたが、磨くものが何もなくなりました。

今度は廊下を雑巾がけして、玄関の鏡を磨きました。
一心不乱に玄関の扉を乾拭きしていると、鍵がガチャリと音を立てました。

ドアが開いて、三和土たたきの上でお兄ちゃんと対面しました。

「ただいま……お前、何やってんだ?」

「おかえりなさい……掃除」

お兄ちゃんは玄関を見回して、面食らったようでした。

「ここまでやると疲れるだろ?
 力仕事は俺がやるから、無理するんじゃない」

お兄ちゃんの帰宅が思ったより早かったので、わたしは棒立ちでした。

「うん……お兄ちゃん、もっと遅くなると思ってた」

「ん、遅くなるようだったら電話してるよ」

「お茶いれるね」

わたしは台所で、紅茶を淹れました。
お兄ちゃんは、夏場でも冷たい飲み物をめったに飲みません。

ダイニングで紅茶のカップを口に運びながら、お兄ちゃんが訊きました。

「学校でなんかあったのか?」

「……どうして?」

「なんか変だぞ。今日のお前」

「そう……? 掃除はいつもしてるけど」

「それじゃない。なんで俺の目を避けるんだ?」

やっぱり黙っているわけにはいかない、と思いました。

「……お兄ちゃん。今日、b君と会ってきた」

「なに? まだなんか言ってきたのか、あいつ?」

「違う……わたしと目も合わさなかった。
 わたしが近づいても、気が付かないフリして……。
 なんだかわたしを怖がってるみたい。
 お兄ちゃん……b君に何をしたの?」

「……何って、話し合っただけだ」

信じたいと思いましたが、b君の様子は普通ではありませんでした。

「お話をしただけで、あんなになるのはおかしいと思う……」

「殴ったり蹴ったりはしてない、絶対だ。
 その……本当のお前の気持ちを言ってやったら興奮しやがったから、
 話し合いができるように、掴まえてちょっと柔道の技で
 大人しくさせただけだって……」

「首絞めたりしてない?」

「本気で喉を絞めてたら、あいつ今ごろ生きてないよ。
 かえって気持ちよかったぐらいだと思うぞ」

お兄ちゃんは何がおかしいのか、くっくっと笑いました。
想像の中の怖ろしい笑いではなかったので、わたしはホッとしました。

「お前に付きまとったら痛い目に遭うぞ、とは言ったけどな。
 本気じゃないって。あいつはちょっと恐がりなんだろ」

「ホントに……?」

わたしはまだ半信半疑でしたが、想像とは違っていたようなので、
疑惑は薄れかけていました。

不意にお兄ちゃんが、わたしの顎の下をくすぐってきました。
猫ごっこのサインです。
猫ごっこが始まると、わたしは猫の鳴き声しか出せなくなります。

わたしはお兄ちゃんが話を誤魔化そうとしているような気がして、
「ふーー」と抗議の声をあげました。

「んー? 猫の声じゃ、何言ってんのかわからんなー」

わたしはにやにやするお兄ちゃんの肩に、ちょっと強めに歯を立てました。

お兄ちゃんが大袈裟に「イテテテ」と言ったので、
わたしは舌を出して、歯形につばをなすり込みました。

「そういうことする猫はお仕置きだな」

お兄ちゃんはわたしを引き剥がして、舌をベロンと出しました。
わたしは舌が短くて、数センチしか出せませんが、
お兄ちゃんの舌は長くて、自分の鼻を舐めることができます。

お兄ちゃんはわたしの顔を、鼻と言わず頬と言わず舐めだしました。
わたしは目をつぶって逃げようとしましたが、
顔を背けると耳の後ろや首筋を舐められて、「ひあ」と変な声が出ました。

腰が砕けてしまって、わたしが震えだすと、
お兄ちゃんは舐めるのを止めました。

「べとべとになっちゃったな。風呂に入れてやろう」

お兄ちゃんはわたしをひょいと担ぎ上げ、風呂場まで運んで行きました。


猫ごっこの話したらお前豚だろって言われたから、唾かけてやった
2016-05-16 21:15:46 (2年前) No.1
猫ごっことかちょっと...
2017-04-16 19:35:44 (1年前) No.2
( ´Д`)キモッ
2017-05-08 18:23:42 (1年前) No.3
もはや前戯
2017-07-22 06:19:28 (12ヵ月前) No.4
猫ごっこw言われたらきもってなるわ
2017-12-15 06:58:15 (7ヵ月前) No.5
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