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中学校の正門を通り抜けると、新入生が三々五々固まっていました。
別の小学校から来た生徒が多いせいか、
わたしが出身校の生徒の顔をあまり覚えていないせいか、
知らない人たちに取り囲まれているようでした。
新入生は、講堂に入るようにと、放送が入りました。
わたしは、お兄ちゃんから離れて、人波に混じりました。
校長先生のお話は、とても退屈でした。
お兄ちゃんは、校舎の中で開かれている保護者懇談会に出ているはずです。
説明会が終わると、下駄箱の前のホールで、
学校指定の通学鞄、スポーツバッグ、体操服、校章、名札などの受け渡しと、
制服の採寸がありました。
鞄とバッグを抱え、お兄ちゃんを探してきょろきょろしているうちに、
R君が校舎の柱にもたれているのを見つけました。
わたしが歩み寄ると、R君も気が付いたのか、こちらを見ました。
「××さん……」
「R君、久しぶり」
「うん、久しぶりだね」
「話はもう良いの?」
「え?」
「卒業式の日、わたしに用事があったんじゃ、ないの?」
「あ、うん……」
じっと目を見ると、R君は視線を逸らして俯いてしまいました。
首を傾げて、下から覗き込むと、顔が真っ赤でした。
「○○」
後ろから、わたしを呼ぶ声がしました。お兄ちゃんでした。
「荷物貸せ」
お兄ちゃんは鞄とバッグをわたしの手から取って、
R君をじろじろ見ました。
「誰だ?」
「クラスメイトだった、お友達のR君。
お友達……よね?」
わたしが勝手に、友達だと思いこんでいるだけかもしれない、
と思って問いかけました。
「う、うん……」
「良かった。
これがわたしのお兄ちゃん。
格好良いでしょ」
「バカ、身内を褒めるな。非常識だろ」
「……ごめんなさい」
「R君、だったっけ。妹が世話になったそうで、ありがとう。
これからも、友達でいてくれると嬉しい」
お兄ちゃんは、虫の居所が悪いようでした。
家族での夕食の時のような、緊張感がありました。
「どうも」
R君は曖昧に頷きました。
「○○、帰るぞ」
お兄ちゃんが歩き出しました。
「R君、さよなら」
「××さん……また一緒のクラスだといいね」
「うん」
わたしはお兄ちゃんに追いつくために、小走りになりました。
「お兄ちゃん、待って」
お兄ちゃんの歩みが、ゆっくりになりました。
「ごめんなさい。非常識なこと言ったから、怒った?」
「ん……もういい」
お兄ちゃんは、家に帰るまで、むっつりしていました。
靴を脱いで、お兄ちゃんから荷物を受け取りました。
「お茶、淹れようか?」
「いや、いい」
お兄ちゃんは、自分の部屋に戻ってしまいました。
お兄ちゃんに元気がないと、わたしも気分が沈みました。
バッグを開いて、中から体操服を取り出しました。
あと1年、体育の授業は受けられませんが、見学の時には体操服に
着替える規則があります。一度、洗濯しておかなければなりません。
洗濯機を置いてある脱衣所に行って、ふと、袖を通してみたくなりました。
上着を脱いで、半袖の体操服とブルマを身につけ、
その上からジャージの上下を着ました。
まだ、ゼッケンは縫いつけてありません。
姿見に全身を映してみて、がっかりしました。
成長を見込んで少し大きめのサイズにしたせいで、見るからにぶかぶかでした。
これが似合うようになるのはいつのことだろう、と思いました。
階段を下りる足音がしました。
「○○?」
「あ、お兄ちゃん、なに?」
「こんな時間から風呂に入ってるのか?」
「ちょっと、洗濯しようと思っただけ」
「そうか、やっぱりお茶飲もうかと思ってな。
……○○、なんでそんな格好してるんだ?」
「ちょっと、着てみたくて……」
「ふぅん。そのジャージ見ると、ホントに中学生になったんだ、って思うよ」
「まだ、ぶかぶか」
「成長期だから、すぐに小さくなるさ。
……せっかくだから、半袖とブルマも見せてくれ」