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人波に押されて少しずつ進みながら、ちらちら夜空を見上げました。
紫紺の空をバックに、次々と大輪の花が咲いて、散っていきます。

橋を渡って道の外れに寄りました。
Yさんが、紙コップに入ったかき氷を、両手と胸に6個も抱えて来ました。

「○○ちゃん、2個取って。手が動かせない」

「あ、どうも。お金は……」

「おごりおごり。今日はUのヤツ機嫌いいし」

「なにかあったんですか?」

Yさんは首をひねりました。

「さぁ……?
 浴衣着たら見違えたんで、ボケッと見てたのに怒らなかったし?」

想像したら、わたしもにやけました。

「黙って見てたら良いと思います」

「そう……?」

Yさんを見送って、かき氷を1個、お兄ちゃんに手渡しました。

「あの2人、仲良いな」

「いつもは喧嘩ばっかりしてるのに」

「だからだろ」

「……わたしたちは、喧嘩しないね」

「喧嘩したいのか?」

「嫌」

「なら、それでいいだろ」

なにがいいのかわかりませんでした。でも、それでいい、と思いました。
わたしとお兄ちゃんのあいだだけ、暖かい風が流れているようでした。
その時、言葉は要りませんでした。

ぱんぱんぱんぱん、と続けざまに音が鳴りました。
細く光る赤や青の筋が、広がってゆっくり落ちていきました。

お兄ちゃんは、街灯に背中を預けました。
わたしも引き寄せられて、お兄ちゃんの胸に背中を預けました。

夜空に花が咲き、少し遅れて音が響いてきます。
黙って、さまざまな形の花火に、見入りました。

ずっと上を向いていると、首が痛くなってきました。
大きな花火が開いて、わたしはついに言葉を漏らしました。

「綺麗……」

「ああ……」

「毎日、花火大会があったら、良いな……」

「それじゃ飽きるだろ?」

「そう……?」

「一瞬光って、消えるから綺麗なんだ。あとには何も残らない」

「寂しくない?」

「寂しいけど、仕方ないよ。そういうものなんだ」

わたしは言葉を口にしてしまったことを、後悔しました。
黙ったままでいれば、永遠のように思えたのに、と。

「……お兄ちゃんは、わたしが死んだら、寂しい?」

「バカ! なに言ってんだ」

「わたしは体弱いから、お兄ちゃんより先に死ぬと思う。
 わたしが死んでも、覚えてる?」

それは、確定した未来のように思えました。

「……バカ、そんなこと、言うな」

わたしの胸元を、お兄ちゃんの腕が、息苦しいぐらいに締めつけました。
後ろ頭に、お兄ちゃんの胸が、大きく波打つのがわかりました。

泣き声ではないのに、なぜかお兄ちゃんが泣いているように思えました。
わたしはお兄ちゃんの腕を掴んで、力の限り握りしめました。

「ごめんなさい。もう言わない」

わたしは口をつぐみ、また暗い空と、明るい花火を見上げました。
やがて視界の三分の一ぐらいを覆う、瀑布のような花火が弾けました。

どどどどどど、と滝の音のような音が、遅れてやってきました。
花火大会の、終わりの合図でした。

「終わったね」

「ああ……でも綺麗だった」

「わたし、忘れない」

今夜のこと、花火の美しさ、風の暖かさ、お兄ちゃんの寂しげな声を、
わたしは一生忘れない、と心に誓いました。

「みんな、どこに行ったんだろうな?」

言われて見回すと、4人の姿が見えません。
花火に見入っていて、すっかり忘れていました。

「少し歩くか」

ぞろぞろと家路に就く人波に流されないように、お兄ちゃんが先に立って、
歩き始めました。

川原に下りて、雑草を踏みました。
明かりの届かない暗がりで、寄り添う影がいくつもありました。

人目もはばからず、キスをしているカップルも居て、目を逸らしました。
お兄ちゃんも見ただろうか、と思うと、どきどきしました。

その時、夜目にも鮮やかな浴衣の柄が、目に入りました。
XさんとVが、キスをしていました。


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