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わたしはまだ、お兄ちゃんの言おうとしている事が、分かりませんでした。
でも、一生忘れられない秘密を聞かされるのだと予感して、体が震えました。
「……俺はずっと、不審に思ってたんだ。
なんで親父やお袋は、お前にあんなに冷たいのか。
末っ子だったら、普通は可愛がるもんだ。
なのに、俺は親父がお前を抱き上げているのを、一度も見たことが無い」
お兄ちゃんは、まだ中身の入った缶を投げ捨て、両手で顔を覆いました。
「俺は、こっちに来て、役所に行こうと思った。
俺もお前も、覚えてないだろうけど、生まれたのはここでなんだ。
役所の戸籍を見れば、はっきりすると思ってな……」
わたしの脳裏に、一つの可能性が閃きました。
あまりに思いがけない、その想像に、息が止まるかと思いました。
……まさか……!
「……だけど、役所には親戚の人が居る。
俺が調べたら、そのことがばれるかもしれない。
俺は考えて、考えて、F兄ちゃんに相談することにしたんだ。
F兄ちゃんは俺を可愛がってくれてたし、
俺たちが生まれた頃の事を、よく知ってるはずだからな」
お兄ちゃんが、こっちを向きました。
何とも言えない、泣いているような、笑っているような顔でした。
「F兄ちゃんは、俺が聞いたとき、顔色を変えたよ。
そして、お前たちは絶対に、兄貴と義姉の子供だ、って言った。
でも、F兄ちゃんのうろたえる顔を見たら、納得できなかった。
しばらくにらめっこしてたよ……。
そしたら、F兄ちゃんは根負けして、白状した」
お兄ちゃんは立ち上がって、わたしの周りをぐるぐる歩き回り始めました。
「俺が生まれた頃、親父とお袋の仲は、最悪だったらしい。
親父は事業を始めたばっかりでな、家……その頃は今の婆ちゃんの家だけど、
月に一度しか帰って来なかった。
ま、今もたいして変わってないか……」
お兄ちゃんは苦笑しました。
「お袋は離婚を考えたらしいけど、俺が生まれたせいで、周りから説得された。
親父は決して離婚に応じなかったらしいし。
お袋は、家に籠もりきりで、お前が生まれた頃には、ノイローゼになった」
「え……?」
お兄ちゃんの話は、わたしの想像とは、大きく違っていました。
「お前が生まれてしばらくして、お袋はまた妊娠した。
……まったく、夫婦仲が最悪だってのに、
なんで次々と子供を作れるんだろうな?」
お兄ちゃんの顔は、鬼のように恐ろしくなっていました。
わたしは、想像を超える事実に、打ちのめされました。
「親戚のあいだで、お袋とF兄ちゃんの仲が噂になったんだ……。
F兄ちゃんは、絶対そんなことは無かった、って言ったけどな」
お兄ちゃんの声が、遠くから聞こえてくるように思えました。
「親父は滅多に帰って来てなかった。
お袋は、ノイローゼで心細くて、F兄ちゃんに相談していたらしい。
F兄ちゃんは優しいからな。
噂を耳にした親父は、お袋やF兄ちゃんを疑って、大変な騒ぎになった。
親父にしてみれば、お前や生まれてくる赤ん坊が、自分の本当の子供かどうか、
分からなかったんだろう。
俺の事だって、疑ったかもしれない。
親父は怒り狂って、アルバムを燃やしてしまった。
……そんな中で、赤ん坊が生まれた」
わたしは、やっとのことで声を出しました。
「赤ん坊って……わたしの、弟?」
「そうだ。
その頃、お袋は赤ん坊を育てられるような状況じゃ無かった。
親戚が集まって相談して、赤ん坊とお前を、養子に出すという話が出た」
「養子? わたしも?」
「その時、親戚の中に、子供の出来ない夫婦が居たんだ。
二人とも、子供を欲しがってたのに、子供を作れる可能性が無かった」
「……じゃあ、わたしはどうして、ここにいるの?」
「二人の希望は、赤ん坊が大人になって、自分の戸籍を見ても、
養子だと分からないようにする事だった。
お前にはもう、親父とお袋の子供として戸籍があった。
赤ん坊は、その夫婦の実子として届けられた」
「そんなこと、できるの?」
「もちろん法律違反だ。
でも、ここは田舎だ。市役所にも病院にも親戚が居る。
みんなで口裏を合わせれば、不可能じゃない」
「……じゃあ、その赤ん坊って……」
「そうだ、Hは、俺とお前の、本当の弟だ」