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「……どうしたら良いかなぁ……?」
胸の中で不安がざわざわしていて、考えがちっともまとまりません。
「そら……なんもなかった顔して普通にしてたらエエんとちゃう?
こっちまで意識してたら、兄ちゃんかて話しかけづらいで。
それより、アンタこんなとこで時間つぶしててエエんか?
帰って兄ちゃんと一緒におったほうがエエで」
「お兄ちゃん……出かけてるから。帰りは遅くなるって」
「そっかぁ……ほんなら、Vんとこ行って宿題でもしよか。
そろそろ手ぇつけとかんと厳しいしな」
「夏休みの宿題?」
「そや、アンタはどれぐらい済ました?」
「もう終わってるけど……」
Uは呆れ顔になりましたが、わたしは他にすることもないので、
一緒にVの家に行くことになりました。
どうせVは暇だろう、とUは事前に連絡もしませんでした。
押し掛けてみると、Vは留守で、帰ってくるまで遊んでてちょうだい、
とVのお母さんに歓迎されました。
おやつを食べ、昼ご飯までごちそうになって、Uが囁きました。
「なんやタカりにきたみたいやな、これやったら……」
その通りだと思って、わたしはうなずきました。
だらだらとUの話を聞き流していると、Vが帰ってきました。
Vは向かい側のソファーに腰を下ろしました。
どういうわけか、制服姿で鞄を持って、ニタニタしています。
「なんやV、学校行ってたんか?」
「ちがうよー。おにーちゃんのところで勉強してきたのー」
「なんで制服着てるんや?」
「勉強しに行ったんだから、当たり前だよー」
「……そうか?」
Vの理屈は時々、意味不明になることがありました。
「それにしては帰ってくるの早かったやん」
「おにーちゃんヒドイんだよー。わたしが真面目に宿題してるのに、
勉強の邪魔だから帰れー、って」
「事実やろ。……それで、したんは勉強だけか?」
わたしはUの目を見ました。UはVを、追及するつもりのようでした。
「……? 持っていったおやつもいっしょに食べたよー」
「2人っきりでか?」
「うん。家の人は留守だった」
「……変なことされへんかったか?」
「変なことって、なにー?」
Vは不思議そうな顔をしました。Uは珍しく、照れた顔になりました。
「そやなぁ……体触られたりとかや」
「そんなこと無いよー。おにーちゃんが無視するから、
背中から抱きついちゃったー」
「アンタなぁ……それだけか?」
「おにーちゃんが怒って、勉強の邪魔するんだったら帰れー、
って言うから帰ってきたんだよー」
「アンタ、怒られてなんで嬉しそうにしてるんや?」
「それはおにーちゃんと約束したから秘密だよー」
しょぼくれたVにXさんがキスをして、口止めしたんだろう、
と想像できました。
Uの顔を見ると、同じ想像をしているようでした。
「Xの兄ちゃんも男やねんで? あんまりベタベタしとったら、
間違いが起こるかもしれへん。Vも気ぃつけんと」
「間違いってなんのことー?」
Vに向かって遠回しに言うのは無駄でした。
わたしは初めて、口を開きました。
「V、Xさんのこと、好き?」
「うん、大好きー」
「それはお兄さんとして? それとも男として?」
「うーーーん……よくわからない」
それはそうかもしれない、と思いました。
わたし自身、お兄ちゃんを兄として好きなのか、男として好きなのか、
決めることができませんでしたから。
わたしは自分のことを棚に上げて、あえて言いました。
「甘えるのは良いと思うけど、真面目に告白して付き合うようになるまで、
エッチなことは止めておいたほうが良い、って思う」
「エッチなことって?」
「キスとか……セックスとか」
口にしてから、自分の偽善が嫌になりました。
わたしは自分とお兄ちゃんとの、キスを思い浮かべていました。
「えーー? キスもダメなのー?」
Vは自爆しました。