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数日後、ロングホームルームの時間に、事件が起こりました。
その時のホームルームの議題が何だったのかは、思い出せません。
Z君が議長に向かって、ヤジを飛ばしました。
あまりにも下らない、おやじギャグでした。
わたしは思わずZ君を見て、「馬鹿みたい……」とつぶやきました。
驚いたことに、Z君がパッとこちらに振り向きました。
数メートルは離れていたのに、Z君はとても耳が良かったようです。
わたしは強ばった顔で、Z君の目をまっすぐ見返してしまいました。
がたん、と音を立てて、Z君が椅子から立ち上がりました。
何事だろうか、といぶかしむ視線が、Z君に集まりました。
Z君はよろめくようにして、こちらに歩いて来ました。
わたしはZ君の異様な雰囲気に呑まれて、視線を外せなくなりました。
信じられないことに、Z君は顔を歪めて泣いていました。
中学生の男子が、恥も外聞もなく泣き顔を教室で晒しているのです。
わたしは息を呑み、身動きできなくなりました。
すぐ目の前まで来たZ君は、聞き取りにくい声でこう言いました。
「オレはなぁ……オマエに……その目で……バカと言われると、
心の底からバカになったように思うんだ……」
Z君は立ったまま、しゃくり上げているだけでした。
わたしには、軽い気持ちで口にした「バカ」の一言で、
どうしてZ君がこんなに取り乱しているのか、さっぱりわかりませんでした。
それでも、Z君が周囲の目を忘れるほどに、深く傷付いていることは、
わたしの目にさえ明らかでした。
わたしは立ち上がって、頭を下げました。
「よくわからないけど、わたしが悪いんだと思う。
ごめんなさい」
担任の先生が、Z君の肩を押して、どこかに連れて行きました。
ホームルームは中止になりました。
その後、わたしに話しかけてくる生徒は居ませんでした。
昼休みに、担任に職員室まで呼び出されましたが、
わたしには「わかりません」としか答えようがありませんでした。
職員室から帰ってくると、クラスメイトたちが目を逸らしました。
UとVが寄ってきて、外でお弁当を食べようとわたしを誘いました。
3人は下駄箱の前の石段に腰を下ろして、お弁当を広げました。
Uが言いづらそうに、わたしに口を切りました。
ざっくばらんなUにしては、珍しい遠慮でした。
「なぁ○○、Z君と何があったんや?」
「……わからない」
「わからへんって、なんもなくて男が泣くわけないやろ?」
「わたしもそう思うんだけど、さっぱり見当も付かない」
「もう、噂が広まりかけてるで」
「え?」
「アンタは自覚ないやろうけど、有名人や。
今日のコトは、格好の噂のタネになるがな」
当事者のわたしにもわからない事実が、周囲にはわかるのだろうか、
と不思議に思いました。
「どんな噂?」
「そやなぁ、わたしが聞いたんは、Z君が授業中、
突然あんたに告って、撃沈されて、泣き出した、ちゅう話や」
「告白? そんなの、無かった」
「そやろなぁ……わたしも見とったけど、
Z君はあんたに話しかける前に泣き出しとったみたいや。
振られる前に泣いとったらつじつまが合わへん。
そや、Z君はアンタになんて言うたんや?」
わたしがZ君から聞いた言葉を繰り返すと、
Uは首を振ってVと顔を見合わせました。
Vは、同じように首を振りながら言いました。
「Uちゃん、わかったのー?」
Vには、わかっていなかったようです。
「○○、アンタ、もしかして目ぇ悪いんか?」
「……? 悪くない。健康診断では、両目とも2.0だった」
「そんなら、人と話してる時にじーっと相手の目を見つめるんは、クセか?」
「え? わたし、そんなクセある?」
言われてみると、小さい頃に翻訳の小説を読んで、
話をするとき相手の目を見つめるのがマナーだ、と覚えたような気がしました。
「気ぃついてなかったんか? ……ハァ。
そんな目で見とったら、女やったらガンとばされてる思うし、
男やったら色目つかってるんやないかて思われるで。
勘違いされへんかっても、アンタと目ぇ合わしたら、
心ん中覗かれてるみたいや。
わたしでも、たまにアンタの目が怖い時あるわ。
気にせえへんのは、Vぐらいのもんやろ」
「わたし、そんなつもり……無いんだけど……怖いって……?」
「アンタは話さへんけど、わたしらが親の話とかする時や」