66:
「やっぱり……言われたんだ」
わたしはなぜだか、ホッとしました。
やっと、来るべきものが来た、と思いました。
全身の力が抜け、わたしはベッドに身を沈めました。
胸の奥が、急速に温かさを失っていくようでした。
「お、おい……誤解するな!」
お兄ちゃんの手が、乱暴にシーツの下に入ってきて、手首を掴みました。
「痛い!」
「あ……ごめん」
力は緩みましたが、お兄ちゃんはわたしの手首を放そうとしませんでした。
「本当に、病気のことじゃないんだ。
いや病気のことも聞いたけど、
病気が悪くなるとか、そういうことじゃない」
「……?」
お兄ちゃんの声には、真摯な力が籠もっていました。
「O先生の話だと、心配してストレスを溜めるのは良くないらしい。
だから黙っているつもりだった。
O先生の話というのは……」
お兄ちゃんが、ぎりっと歯を食いしばって、目を見開きました。
「お前が、俺の本当の妹か、ということだ」
「え?」
思いもよらない言葉に、わたしは間の抜けた声を出しました。
「正確に言うと、お前が養女じゃないか、って聞かれたよ。
……親父は見舞いに来たことあるか?」
「ない。お母さんは、入院の日に一回来た」
「だろうな。
俺やお袋は、お前とあんまり顔が似てないしな。
養女だと疑われても、無理ないか」
お兄ちゃんが、乾いた笑い声を上げました。
「担任の先生にも、似たようなこと聞かれたよ。
お前のことを、親父の連れ子じゃないかと思ったらしい」
お兄ちゃんの目つきが一瞬、凶暴になりました。
わたしの手首の骨が軋みました。
「痛……」
「あ、悪い」
お兄ちゃんが手を離しました。目が柔和になりました。
「ははは、馬鹿みたいな話だな。
この調子だと、近所でもどんな噂されてるか、わかんないよ。
○○、あの家にひとりで、辛かったか?」
「別に……。
ひとりで居るのは慣れてるから」
胸に開いた大きな穴は、ずっとそのままでしたが、吹き抜ける風の音を
聞いても、もう明確な痛みは覚えなくなっていました。
「そうか……お前は……」
お兄ちゃんは言葉を無くして、わたしの顔を、少し硬くなった指で撫でました。
そうしていると、夕食のお膳を、Qさんが持って入って来ました。
「あら、今度は静かねぇ。
怒鳴ったりしないなら、喋ってもいいのに。
お兄ちゃん★ 先生が謝ってたよ。
失礼なこと聞いてごめんなさいって」
お兄ちゃんが顔を赤くして、立ち上がりました。
「いえ……俺も怒鳴ったりして、すみませんでした。
○○、俺、ちょっと謝ってくる」
わたしの代わりに、Qさんが言いました。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん★」
お兄ちゃんはそそくさと出て行きました。
「○○ちゃん、リンゴ剥いてあげようか?」
「いいです。お兄ちゃんが帰ってくるの、待ちます」
「冗談よお。怒らないで、ね?」
1時間ほど経って、お兄ちゃんが戻って来ました。
「またいろいろ、話してきたよ。
腎炎の注意事項も、聞いてきたしな。
晩飯が済んだら、ちょっと散歩しよう」
「え? わたしまだ、歩いちゃいけないって……」
「特別に車椅子を借してくれるそうだ。
外には出られないけどな。
一日中天井ばっかり見てたら、背中に根が生えちゃうよ」
わたしはリンゴを食べました。
病院の夕食は時間が早いので、お兄ちゃんは後で食べるそうです。
食事が済むと、お兄ちゃんはどこかから車椅子を押してきました。
お兄ちゃんは毛布を剥ぎ、わたしの背中と膝の裏に腕を回して、
軽々と抱き上げました。