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「やっぱり……言われたんだ」

わたしはなぜだか、ホッとしました。
やっと、来るべきものが来た、と思いました。
全身の力が抜け、わたしはベッドに身を沈めました。
胸の奥が、急速に温かさを失っていくようでした。

「お、おい……誤解するな!」

お兄ちゃんの手が、乱暴にシーツの下に入ってきて、手首を掴みました。

「痛い!」

「あ……ごめん」

力は緩みましたが、お兄ちゃんはわたしの手首を放そうとしませんでした。

「本当に、病気のことじゃないんだ。
 いや病気のことも聞いたけど、
 病気が悪くなるとか、そういうことじゃない」

「……?」

お兄ちゃんの声には、真摯な力が籠もっていました。

「O先生の話だと、心配してストレスを溜めるのは良くないらしい。
 だから黙っているつもりだった。
 O先生の話というのは……」

お兄ちゃんが、ぎりっと歯を食いしばって、目を見開きました。

「お前が、俺の本当の妹か、ということだ」

「え?」

思いもよらない言葉に、わたしは間の抜けた声を出しました。

「正確に言うと、お前が養女じゃないか、って聞かれたよ。
 ……親父は見舞いに来たことあるか?」

「ない。お母さんは、入院の日に一回来た」

「だろうな。
 俺やお袋は、お前とあんまり顔が似てないしな。
 養女だと疑われても、無理ないか」

お兄ちゃんが、乾いた笑い声を上げました。

「担任の先生にも、似たようなこと聞かれたよ。
 お前のことを、親父の連れ子じゃないかと思ったらしい」

お兄ちゃんの目つきが一瞬、凶暴になりました。
わたしの手首の骨が軋みました。

「痛……」

「あ、悪い」

お兄ちゃんが手を離しました。目が柔和になりました。

「ははは、馬鹿みたいな話だな。
 この調子だと、近所でもどんな噂されてるか、わかんないよ。
 ○○、あの家にひとりで、辛かったか?」

「別に……。
 ひとりで居るのは慣れてるから」

胸に開いた大きな穴は、ずっとそのままでしたが、吹き抜ける風の音を
聞いても、もう明確な痛みは覚えなくなっていました。

「そうか……お前は……」

お兄ちゃんは言葉を無くして、わたしの顔を、少し硬くなった指で撫でました。
そうしていると、夕食のお膳を、Qさんが持って入って来ました。

「あら、今度は静かねぇ。
 怒鳴ったりしないなら、喋ってもいいのに。
 お兄ちゃん★ 先生が謝ってたよ。
 失礼なこと聞いてごめんなさいって」

お兄ちゃんが顔を赤くして、立ち上がりました。

「いえ……俺も怒鳴ったりして、すみませんでした。
 ○○、俺、ちょっと謝ってくる」

わたしの代わりに、Qさんが言いました。

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん★」

お兄ちゃんはそそくさと出て行きました。

「○○ちゃん、リンゴ剥いてあげようか?」

「いいです。お兄ちゃんが帰ってくるの、待ちます」

「冗談よお。怒らないで、ね?」

1時間ほど経って、お兄ちゃんが戻って来ました。

「またいろいろ、話してきたよ。
 腎炎の注意事項も、聞いてきたしな。
 晩飯が済んだら、ちょっと散歩しよう」

「え? わたしまだ、歩いちゃいけないって……」

「特別に車椅子を借してくれるそうだ。
 外には出られないけどな。
 一日中天井ばっかり見てたら、背中に根が生えちゃうよ」

わたしはリンゴを食べました。
病院の夕食は時間が早いので、お兄ちゃんは後で食べるそうです。
食事が済むと、お兄ちゃんはどこかから車椅子を押してきました。

お兄ちゃんは毛布を剥ぎ、わたしの背中と膝の裏に腕を回して、
軽々と抱き上げました。


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